ベントレー・ベンテイガの記憶が強烈過ぎて、すっかりマクラーレン570Sの存在を忘れていた戸賀編集長。しかし570Sの卓越したボディ剛性から生まれる走りの素晴らしさは今でも忘れることができないと話します。当時、独立を果たした戸賀編集長の、カンフル剤にもなったという愛車マクラーレン570Sとは、一体どんなクルマだったのでしょうか?
出版業界では、かなりのクルマ好きとして知られている戸賀編集長(トガ)。数々のクルマを乗り継いで来た彼が、10年に渡るメンズクラブ編集長という肩書を外し、忖度が無くなった状態のなかで、「どんな基準でクルマを選んでいたのか?」、「そのクルマの魅力はどこなのか?」等を大いに語ります。
話の聞き手は、戸賀編集長が雑誌編集者時代から30年来の付き合いを続けている、フリーランスエディターの菅原(スガ)。若い頃の数年間は、仕事も遊びもほとんど一緒に過ごしていたという「トガ&スガ」の二人。そんな二人ならではの昔話、こぼれ話もお楽しみに!
菅原 今回の愛車遍歴は、マクラーレン570Sです。ということは、ファーストカーという位置付けになる。そこでトガ、お前に聞きたいことがある。なんでファーストカーであるマクラーレン570Sの存在を忘れちゃうんだよ。マクラーレンに失礼だとは思わんのか?
戸賀 確かに失礼だよな。そこは反省している。でもベンテイガに乗って、分不相応ということを学び、自分がまだ何者にもなれていないことを再認識して、あの頃けっこう凹んでいたのは確かなんだよ。あれを機に、クルマの選び方を少し考えてみたしね。
菅原 でも570Sは、まだ分不相応という言葉を学び直す前に購入したクルマだよな? ドアを上にはね上げる特徴的なディヘドラルドア(通称バタフライドア)を持つ570Sを購入するあたり、当時はかなり調子に乗っていたんじゃないの?
戸賀 独立して、そこそこ順調にいっていたから、調子に乗っていた感は否めない(笑)。当時の俺は、ポルシェじゃない他のスポーツカーも試してみたくなっていた時期でもあったしね。でもそれはフェラーリじゃないし、ランボルギーニでもなかった。そんなとき、目の前に現れたのがマクラーレンだったんだよ。やっぱりイギリス車には、フェラーリやランボにはない控えめな上品さがあるし、イギリスには純粋なスポーツカーを作り続けているロータスもある。だからなのか、イギリスのクルマには、純粋に走るのが好きな人が乗るクルマっていうイメージが、俺の中にはあるんだよ。だから、「マクラーレンっていう選択肢もあるんじゃないか?」という考えに至ったんだけど、思い立ったら吉日、速攻で試乗に向かった記憶がある(笑)。
菅原 相変わらずクルマのことになると、行動が早いな(笑)。
戸賀 でなスガ、その試乗で俺はマジで驚いたんだよ。試乗車は570Sのスパイダーだったんだけど、スパイダーなのにボディがマジでガッチガチだった。オープンのモデルなのに、あの911が比にならないくらい本当にガッチガチだったんだよ。あれには純粋に驚かされた。借りもののクルマだから、さすがに攻めた走りはできなかったけど、自分がイメージしたラインをそのままにトレースできるし、着座位置も完璧。まさに走るために生まれたといっても過言ではない仕上がりだった。本当に、何から何まで感動した記憶がある。ちなみにその試乗とは別の日に、BRチャンネルの取材で720Sのスパイダーにも乗ったんだけど、この動画が確か130万再生くらいされたんだよ。これはもう、世間的にもマクラーレンが注目されている証拠だろ? マクラーレンの走りの良さ、異次元の剛性感を実際に体験した俺は、フェラーリでもランボでもなく、迷うことなくマクラーレン570Sを購入したという経緯がある。
菅原 相当気に入ったんだな。ちなみに購入した570Sはどんな仕様だったの?
戸賀 新車は新車なんだけど、在庫車だった。だから自分でオプションを選ぶことは出来ないんだけど、在庫車の中から選ぶと、良い条件での購入が可能だった。 で、選んだのがセラミックグレーのボディカラーで左ハンドルの1台。ホイールは艶無しで、キャリパーがマクラーレンのコーポレートカラーのオレンジ。 内装は黒革に黒スウェード、そこにオレンジの差し色が入っている、いかにもマクラーレンっぽい1台だった。
菅原 英国車なのに右ハンドルじゃなくて良いの?
戸賀 右ハンドルでも良かったんだけど、やっぱり俺は左ハンドルが好きなんだよな(笑)。でも確か、色の組み合わせの関係で左ハンドルだけしか無かったような記憶がある。このセラミックグレーというカラーは特別色なんだけど、曇り空の下ではグレーに見えて、明るいところでみると、ちょっと水色がかったグレーに見えるんだよ。マクラーレンにはMSO(マクラーレン スペシャル オペレーションズ)っていう特殊なサービスがあるんだけど、それをメチャクチャ取り入れてあるのが、このセラミックグレーの1台だった。だからこのスペシャルな1台を、赤坂のマクラーレン東京で購入したんだよ。
マクラーレン東京のアンバサダーに就任
戸賀 俺が乗っていたからということでもないんだろうけど、なぜか俺が購入してからマクラーレンが良く売れた。マクラーレンがあの時代にハマったということなんだろうけど、そこから縁が生まれて、マクラーレン東京のアンバサダーに就任することが決まるんだよね。
菅原 アンバサダーに選ばれるなんて、クルマ好きにとってかなり名誉なことじゃん。
戸賀 そうなんだよ。そう考えると570Sは、俺の運気を押し上げてくれたクルマだったのかも知れない。アゲ〇ンならぬ、アゲ車か(笑)。確か2年半、いや3年かな? それくらい乗ったと思う。アンバサダーもけっこう長くやったから、いろんなマクラーレンに乗ったし、就任中に多くの人にマクラーレンを買ってもらえた記憶もある。でも、雨に濡らすのが本当に嫌だったから、自分の570Sには4000キロくらいしか乗れなかったんだけどね(笑)。
スーパースポーツなのに普通に乗れるのが、570S
戸賀 そうそう、マクラーレンはバッテリーがリチウムだったのも最高だったよ。30分も走れば、あっという間にフル充電できる。マクラーレンに限らず、フェラーリなんかも充電がヤバいだろ? フェラーリは2~3週間、マクラーレンも4週間でバッテリーが上がっちゃう。でもマクラーレンは20~30分走ればフル充電できるんだよ。バッテリーの心配をしなくて済むなんて、本当に実用的なスーパースポーツなのは間違いないね。
菅原 あのボディデザインやディヘドラルドアの採用から考えると、まったく実用的な感じはしないけどね(笑)。
戸賀 そうだよな。スポーツカーの中でも、さらに突き詰めたスーパースポーツなのに普通に乗れるし、車高の前を上げればガソリンスタンドの段差や、マンションのスロープで下を擦ることもない。リヤカメラももちろん付いているし、本当に文句のつけ様がない最高の実用的スーパースポーツだった。自分のクルマで雨の日は走らなかったけど、ほかのマクラーレンにはかなり乗ったって言っただろ? 実際、雨の日はもちろん、ゲリラ豪雨の中でもまったく問題なかったし、サーキットで限界走行をしても、一度の不具合もなかった。スーパースポーツなのに、過酷な条件下でもノントラブル! あれには本当に驚かされたよね。 本当に普段使いできるスーパースポーツだった。あんなクルマ、他には見当たらないよね。
菅原 それでもトガは、その最高の1台を手離すことになるんだろ?
戸賀 確かに。でも俺から手放すことを決めた訳ではないんだよ。
クルマは欲しいと言われた時が売り時
菅原 ということは、トガの570Sを欲しいという人が現れたってこと? 無理やり押し付けたんじゃなくて?
戸賀 そんなことする訳ないだろ(笑)。570Sは本当に良いクルマなんだけど、音がイマイチだったんだよ。確かにマクラーレンも、V6のアルツーラになってくらいから音にも色気が出始めた。でも、まだフェラーリやランボルギーニにやっぱり比べると、ちと寂しいんだよね。そんなこともあって、何となくほかのクルマに興味が出始めた頃、なぜか友人で製作会社を経営している若山社長が、「戸賀さん、マクラーレン、いくらで売ってくれます? いつ売ってくれます?」って声を掛けてくれたんだよね。
菅原 あ、あれだ。若山社長に、クスリか何かを盛ったんだろ?
戸賀 だから、そんなことをする訳が無い (笑)。本当に偶然だったんだよ。俺がほかのクルマが気になり始めたタイミングと、若山社長が俺の570Sを欲しくなったタイミングが、なぜかぴったり合致した。前から言っている通り、「クルマは距離で買え」というのが俺の信条。また、「クルマは欲しいと言われた時が売り時」だと思っている。だから若山社長に、「売って欲しい」と言われた瞬間に、これは売り時だと判断したんだよ。話しを詰めていくと、諸々の条件も合ったので走行4000キロ弱の時に、即、売却した感じかな。
菅原 トガってさぁ、クルマを手放すときに、寂しくなったり感傷に浸るなんてことは無いの?
戸賀 そりゃ、あるよ。あまり乗れなかったけど、片道1時間のゴルフの帰り道でも、570Sに乗るだけで疲れが吹っ飛ぶし、バッテリー充電のために夜に近所を30分流すだけで、嫌なことを忘れられる。本当に俺にとってのカンフル剤のような1台だった。あんなに元気をもらったクルマは他にないよ。若山社長に売ってくれって言われなかったら、いまだに乗っている可能性はあると思う。それぐらい良いクルマだった。でも、それ以上に俺は、次のクルマを探せることに喜びを感じるんだよ。飽きっぽいのは否めないけど、「愛車を売って欲しい」って言われるのは、俺にとって最高の誉め言葉だと思っている。俺が一度も雨に濡らさず、本当に大事に乗ってきたことを知っている人が、「どうしても売って欲しい」って言ってくれるんだから、こんなにうれしいことは無い。その言葉を言ってもらえれば、俺は次のゲームに向かえる。次の愛車はどれにしようかなぁ、なんて考えられるのは最高に贅沢で愉しい時間だからね。あの時間がやってくることを考えるだけで、たまらない気持ちになる (笑)。でも、やっぱりマクラーレンの走りの良さ、最高の実用性は、ほかのメーカーのクルマでは味わえない特別なものなんだよなぁ。だから今でも限定車のマクラーレン600LT、765LTは欲しいと思っている。欲しいクルマがありすぎて、マジで困っているというのが現状だね(笑)。
菅原 前から知ってたことだけど、いつでも新たなクルマが欲しくなるトガは、間違いなくクルマ中毒者です(笑)。だから愛車遍歴の連載は続いているんだけどね。さて、マクラーレン570Sに続く次回の愛車遍歴。どんなクルマが登場するのかな?
戸賀 次回はセカンドカー・シリーズに戻って、SUV系のあのクルマにいってみたいと思います。
マクラーレン570Sクーペ
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4530×2095×1202mm
ホイールベース:2670mm
車重:1313kg
駆動方式:MR
エンジン:3.8リッターV8 DOHC 32バルブ ツインターボ
トランスミッション:7AT
最高出力:570ps(419kW)/7400rpm
最大トルク:61.2kgm(600Nm)/5000-6500rpm
価格:¥25,560,000 *2019年当時
文 菅原 晃
提供元・JPRIME
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