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NSXは買えないけれど…身近なミッドシップスポーツ誕生
DOHCではないけど…軽NA唯一の64馬力を誇らせたMTREC
NSXは買えないけれど…身近なミッドシップスポーツ誕生
もちろん1990年頃といえば、ホンダが1980年代はじめから初代「シティ」の改造車に始まるアレコレの集大成、初代「NSX」がデビューしており、バブル景気の浮かれた雰囲気に乗ってオーダーが殺到していた時期です。
しかしいかにバブル景気といえど、当時800万円オーバーのスーパーカーは高価な買い物、「800万円なんて今考えれば安いじゃないか」と思うかもしれませんが、物価が全く異なり、2024年現在の体感でいえば1,600万~2,000万円くらいの価値でしょうか。
そんなNSXを誰もが容易に買えたわけではなく、さらに当時のホンダはRVブームに対応する車種がシビックシャトルと輸入販売していたジープ・チェロキーくらいしかなかった時期です。
だからファンは相変わらず「我々でも買える後輪駆動のホンダスポーツを!」でしたし、ホンダ自体もメーカーとして、さらにディーラーでも景気づけになる車種が欲しいところで、急きょ開発された軽スポーツが「ビート」でした。
1991年5月、最晩年(1991年8月没)のカリスマ創業者、本田宗一郎氏も陰からヒッソリ見守る中で発表された「ビート」の新車価格は138万8,000円(税別)、ホンダ トゥデイ(初代)が50万円台から買えた頃ですから、現在の価値でいうと260~300万円でしょうか。
決して安くはなく、軽自動車としてはむしろ高額な部類とはいえ「頑張れば手が届く価格」で、ミッドシップのオープンスポーツとしては破格の安さでした。
DOHCではないけど…軽NA唯一の64馬力を誇らせたMTREC
一言で言えば「なんとなく景気づけに急造した」ビートでしたが、1980年代によく作られた固定式ロールバーを持つハッチバックベースのオープンカーとは異なり、完全フルオープンを実現した専用プラットフォームなど、その作りは贅沢の極み!
エンジンはトゥデイ用をベースにしたSOHC直列3気筒12バルブのE07Aで、かつての「S」で多用されたDOHCヘッドや、可変バルブ機構のVTECは持たなかったものの、3連スロットルの制御システム「MTREC」は「S」などに使われた4連キャブレターの再来です。
当時のホンダは市販車向けのターボチャージャーにあまり熱心ではなく(1980年代にシティやレジェンドの初代モデルに使った程度)、回した気持ちよさと実用性、環境性能を並存させた自然吸気エンジンが売りでしたから、ビートもそれに沿った形でした。
これで7,000回転までブン回した時の最大トルクが6.1kgf・m、さらに8,100回転まで回せば、現在まで続く軽自動車の自主規制上限、64馬力に達する典型的な高回転型エンジンで、まさにホンダらしさ全開!
頑丈なプラットフォームで当時の軽自動車としては重めの車重(760kg)もあって、実用域でも俊敏な加速性能とまではいかなかったものの、普段は雰囲気を楽しむフルオープンカー、本気で回せば鋭い速さを見せるリアルスポーツを見事に両立しています。