慶應義塾大学の2012年法学部入試の「世界史」科目において、非常にマニアックな問題が出題されたとSNSの一部で話題になっている。1977年~78年にかけての国家間の兵器売買が英語の表形式でまとめられており、兵器輸出国が(ア)~(オ)として伏せられている。アルゼンチン・インド・イラン・イラク・パキスタン・フィリピンの輸入側6カ国に対して(ア)~(オ)の輸出国が適宜割り振られ、兵器名や数量なども併記されている形だ。この問題をめぐりSNS上では「これはミリオタ(軍事オタク)しか解けない」「出題意図が理解できない」といった反応が寄せられ、世界史の入試問題としては悪問・奇問の類だと評する反応も見られた。はたしてこの問題は悪問といえるのか。このような問題の存在を踏まえて、受験生は世界史の受験対策をどのように進めていけばよいのか。代々木ゼミナール世界史講師の佐藤幸夫氏に詳しく聞いた。
兵器輸出国を問う問題ながら「兵器の知識は不要」を断言する理由とは?
確かに問題の表を一瞥すると、ミグということはソ連、そうするとミラージュは……などと兵器の名称に目が行き、じきに行き詰まってしまう。兵器の知識がないとかなり難しそうな本問は、やはり悪問なのだろうか。
「いえいえ。悪問とも奇問ともまったく思いません。むしろ世界史をきちんと勉強していれば解ける良問だと思います。SNSで話題にした方々は誤解されていると思うのですが、そもそもこの問題は兵器の知識がゼロでも解くことができる問題です。まずフィリピンに武器を輸出していた国ですが、当時からフィリピンは米国と軍事同盟を結んでいました。共産主義勢力が太平洋上で膨張することを防ぐためで、帝国主義時代以降の近現代史における世界史の常識になります。設問上では、9つの選択肢のうちUSAが選択肢に含まれている4つがただちに消えます。
続いて、中ソの代理戦争ともなった印パ戦争の当事者であるパキスタンです。インドにはソ連が、パキスタンには中国がついていました。ここで選択肢にChinaが含まれている3つが消えます。選択肢は早くも2つまで絞られました。対するインドに武器を輸出する2国のうち、どちらかはソ連です。そして、2国のうち1つはイランにも武器を供給していると読み取れますが、1977年(1979年のイラン革命でアメリカとイランは断交しました)にはイランは米国と親密だったため、この国はソ連ではありません。と、このように順を追って特定を進めていけば、正解を選ぶことができる問題でした」
英語で、しかも表組にまとめることで難しく見えているだけで、高校世界史の学習内容に含まれている冷戦体制下の外交関係を1つ1つ丁寧に紐解いていけば十分に解ける問題だったと佐藤氏は解説する。ミグもミラージュもハリアーも、T-72も何も知らなくても、正答を導き出した受験生は少なからずいたのだ。