3人のお子さんを育てながら、会社員として金融系企業に勤め、複業として心理カウンセラー、時短家事・お片づけのコンサルタントとして活躍してきたという下河内優子さん。
スッキリと整頓されたご自宅やオフィスでマルチタスクをこなし、さっそうと行動する「雲の上の存在でしょう……?」と、つい決めつけてしまいたくなりますが、かつては「泥棒が入ったことに気がつかなかった」ほど片づけや家事が苦手だったそうです。
無意識なコンビニ通いで失うという「大切なもの」についてお話を聞いた前編に続き、そのご経歴についてお話をうかがいました。
定年まで働くと決めていた会社員生活
ーー下河内さんの会社員時代について教えてください。
下河内:学生のころは、きれいなオフィスで、かっこよく働いているTVドラマのような姿に憧れていました。いわゆるOLさん、華やかな社会人になりたかったんです。
銀行系の金融企業に就職して、営業事務に配属され、まさに憧れの生活に飛び込んだんですが、現実は「想像よりも楽しくないな」と感じていました。
ーー90年代は、サポート役に徹して大きな仕事を任されるチャンスも少なく、結婚や出産を機に専業主婦になる女性が多くいましたね。
下河内:5年以上勤務している女性社員はほとんどいませんでした。母が「働く女性」だったこともあって、結婚や出産を理由に仕事を辞めるという考えはなく、定年まで、この会社に勤めると決めていました。
とはいえ、夢があったわけでも、出世したかったわけでもなく。もともとは「言われたことはやりますけど」みたいな働き方で、「そこそこ有名な企業で、毎月安定してお給料がもらえたらいいな」っていうつもりでした(笑)。
ーーどんなきっかけで変わられたんでしょうか?
下河内:わたし、面倒くさがり屋なんです。大企業って面倒が山ほどあるんですよ(笑)。「これまでこうしてきたから」とか、手間をかける明確な理由がないんです。
会社全体の運用を変えることはできませんが、キャビネットを整理整頓したり、いろんなサイズが入り混じっていた用紙を統一したり、できる範囲で変えてみたら業務効率があがりました。
さらに誰でもかんたんにできる仕組みを作ったら、属人化していた業務を共有できるようになって、一緒に働いている人たちの残業時間も減ったんですよ。