散策のすすめ
ドメーヌ内は自由に散策できますが、パンフレットに図解されている推奨経路は、教会の廃墟→チャペル→バラ園→フランス式庭園→庭園端のヴューポイント→美術館(城)とされていますので、この順序で解説していきましょう。
シャーリー僧院の教会
1137年建立されたシトー会の修道院のうち廃墟として今も残るのは、付属の教会と回廊の一部です。
ところで、この修道院の北西10kmにはサンリス大聖堂があります。サンリスは、今でこそ小さく注目されることも少ない町ですが、中世には王の居城も置かれ、12~13世紀には、羊毛や皮革などの商業で大きく栄えました。シャーリー僧院は、このサンリス大聖堂の教区に属していました。廃墟となった教会はサンリス大聖堂にも劣らぬ規模のものでした。

<壮大な規模を誇った僧院教会 ©Kanmuri Yuki>
安全のため、廃墟の中には入れませんが、その周囲はぐるっと回ることができ、在りし日の荘厳な姿を思い浮かべることができます。
ルネッサンスのフレスコ画に覆われたチャペル

<聖マリアチャペル内部 ©Kanmuri Yuki>
廃墟の後方にひっそりと建つ聖マリアチャペルは、13世紀にフランス王や僧らの祈りの場として建てられたものです。このチャペルで必見なのはその内部。一歩踏み入れるや否や、天井や壁を覆うフレスコ画に目を奪われることでしょう。これらは、16世紀の画家プリマティッチオの手によるもので、『受胎告知』をテーマにしています。

<見事なフレスコ画 ©Kanmuri Yuki>
また、20世紀にドメーヌ・ド・シャーリーの最後の所有者となるネリー・ジャックマール=アンドレの墓もこのチャペルに置かれています。
蘇ったバラ園

<バラ園 ©Kanmuri Yuki>
チャペルよりさらに奥には、壁に囲まれたバラ園があります。16世紀にはイタリ式庭園が置かれていましたが、2000年に今見られるバラ園が作られました。6月から11月と長い期間、順に花をつけるバラを楽しむことができますが、春から初夏にかけても、クリスマスローズやアイリスなどさまざまな花が咲き誇る花園です。
フランス式庭園

<城館二階からみた庭園 ©Kanmuri Yuki>
ドメーヌ・ド・シャーリーの北側の一角には、人工運河を囲むフランス式庭園が整備されています。その運河の一番端はビューポイントになっています。
城館内の美術館
フランス式庭園に面して建つ城館は、いまは美術品の展示場所になっています。おそらく、ドメーヌ・ド・シャーリーで最も見学に時間を要するのが、この美術館です。

<城館一階廊下部 ©Kanmuri Yuki>
この城館は、18世紀に僧らの居住用として建てられたのものですが、19世紀には富裕なローズ=パメラ・ド・ヴァトリが入手し、大きく改装を施します。ド・ヴァトリ夫人は文人や芸術家、知識人らを招きサロンを開く場所として、この城館を活用しました。
ローズ=パメラの庇護者のひとりにネリー・ジャックマールがいます。画家として頭角を現したネリーでしたが、エドゥアール・アンドレと結婚してからは、美術品の蒐集に力を入れるようになり、むしろメセナの役目を果たすようになります。

<美術館一階展示室 ©Kanmuri Yuki>
1902年には、このネリーが、ドメーヌ・ド・シャーリーを入手。城館は、オルレアン公やカプールタラーのマハラジャらをもてなす場として用いられました。ネリーはまたここに4,000点近い蒐集美術品を集めました。その没後、すべてはフランス学士院に寄贈され、今もドメーヌを管理するのはフランス学士院です。
パリのジャックマール=アンドレ美術館との関係は?
城館内部には、一階にも二階にも、世界各地から集められた絵画や彫像、家具が、所狭しと並べられ、非常に見ごたえがあります。

<二階の廊下部 ©Kanmuri Yuki>
ここまで読んで、ジャックマール=アンドレってどこかで聞いたことがあるような?と思った方はかなりのフランス通、あるいはアート通です!なぜなら、パリのオースマン通り158番地には、ジャックマール=アンドレ夫妻のコレクションを展示するジャックマール=アンドレ美術館が存在するのです。こちらもすべて、ネリーによってフランス学士院に寄贈されたものです。