自動車の安全走行や維持管理を支える自動車整備士が足りない傾向が深刻化している。労務環境の改善の鈍さに伴う職場離れや、担い手不足で、減少傾向に歯止めがかかっていない。整備工場も減り続け、東京都内の都心部では整備工場のない「空洞化」も起きている。車の電子化が進み、整備士に高い技能が求められるなか、人材をつなぎとめる体制が整わず、事態は改善の兆しを見せていない。

「私が社長に就いた10年前は千代田区には約25の整備工場があったが、今は半分以下の12社に減った」と語るのは、同区で整備工場「福井自動車」を営む土田千恵社長(56)だ。同社は木製の荷車時代から続く車関連の老舗工場で、土田社長は7代目に当たる。

 企業の集まる都心の整備工場は、個人客より法人客が圧倒的に多い。なかでも車を企業に貸し出すリース会社が主な顧客で、車のメンテナンスを請け負っている。その受託料金が安く、「個人のマイカーの半分程度にとどまる」(土田社長)という。経営が圧迫される上に、売り上げ確保のために整備士ら従業員に重い労働負荷をかけざるを得なくなる。土田社長は「過労働を強いられれば、誰しも職を離れたくなる」と、収益率の低さに伴う過労働が整備士不足の最大の原因だと分析する。

 日本自動車整備振興会連合会の発行する2022年版の「自動車整備白書」によると、全国の整備士は11年度の約34万7000人をピークに減少傾向をたどり、22年度は約33万1000人と、10年あまりで1万6000人減った。整備士の年収もディーラー系は22年度で480万円と全産業平均と変わりないが、いわゆる町の整備工場は370万円と低く、低賃金が整備士減少の一因になっていることをうかがわせる。

 整備士の高齢化も進む。白書では、年齢は上昇局面を続け、22年度の平均年齢はディーラー系は36.8歳と比較的若いが、町工場は51.2歳と50歳を超す。担い手の志願動向を見ると、国家資格に当たる自動車整備技能登録試験の受験申請者は04年度の約7万2600人を頂点に下落傾向を示し、21年度は約3万8300人と半分近くに減った。「3K職場」のイメージが根強い上、それを上塗りするかのように、過労働を強いられがちな現状の職場環境が担い手不足を生んでいる。

 全国の整備工場の数は22年度で約9万1000社。前年より0.3%増えたが、減少傾向にストップはかかっていない。廃業が最も多く、業界関係者は「整備士不足と低収益率が主な原因」と見る。都心は特に地価が高く、工場を畳んでもマンションや商業ビルの用地として転用できることも、廃業を誘引している。

 整備工場の減少に伴い、都心で顕在化しているのが整備工場の「空洞化」だ。整備工場の廃業は、東京都が全国でも突出し、特定の地域では整備工場が1軒もない事態に陥っている。土田社長は「リース会社は工場を探すのに苦労し、うちも『5台でいいから引き受けてくれないか』とよく懇願される。料金を低く抑えて工場の廃業を招いた責任の一端があるのに、『今さら何を』という思いは正直ある」と話す。

整備士、高度な知識と技術が求められるように

 自動車の電子化に伴い、整備士も電子制御装置を操れる高度な知識と技術が求められている。国の研修、認証制度も電子化対応型に改められ、整備士は技能を高める「勉強」の時間が必要になった。しかし、現場では過労働が慢性化し、勉強時間が足りず、EV(電気自動車)やFCV(水素燃料電池車)、自動運転など日進月歩で進むカーテクノロジーの進化の追いつけない可能性が出ている。

 中古車販売店経営者で自動車ライターの桑野将二郎氏は「整備士不足と職場環境の悪化で、仕事のクオリティが落ちて整備不良を招く。車の高度化が進むなか、事故に結び付く懸念は否定できない」と指摘する。その指摘を裏付けるかのように、21年にトヨタ自動車系ディーラーによる「手抜き車検」が相次いで発覚した。

 福井自動車は30~50代の整備士を5人抱えている。適正価格を下回る仕事は受けない姿勢を貫き、同規模事業所に比べて高額の賃金を支払うなど労働環境の改善に努め、高い定着率を保っている。土田社長は整備士不足が事故多発の懸念を招く悪循環について、「まずは整備工場の経営者が意識を変え、整備の委託側に対して『適正価格でなければ受託できない』と対等にモノを言える立場を築き、従業員の労働環境を向上させ、若者が魅力を感じる職場にしてほしい。この問題は工場経営者だけに非があるのではなく、料金を安くたたく委託側、有効な対策を打ちきれていない行政にも落ち度があり、業界全体で同じテーブルに就き、改善に向けて知恵を出し合ってほしい」と述べている。