なぜ欧米で日本人の寿司職人は引っ張りだこなのか
では、なぜ欧米に行くと日本人の寿司職人が高い年収を得られるのだろうか。
「まず前提として、寿司職人だから特別稼げるというわけではなく、日本の平均年収が欧米諸国と比べて低いというのが大きな理由として挙げられます。日本の最低賃金は2023年5月現在、一番高い東京でも時間給で1072円となっています。仮に8時間労働で計算すると1日8576円の稼ぎ。これで週5日働いても月収は19万円程度です。一方イギリスのロンドンの最低賃金は11.08ポンド、日本円にして約1900円となっています。8時間労働で計算すると約1万5000円の稼ぎとなり、これで週5日働くと33万円程度になりますので、その差は歴然です」(同)
また、欧米ではチップ文化が根付いており、西洋料理店に比べてカウンターで直接お客に応対する寿司店などでは、料理人に対して給与以外にも非課税の副収入もあるそうだ。そういった日本と欧米の賃金格差だけではなく、実際に日本人の寿司職人が欧米で優遇される理由があるという。
「以前から日本食は欧米で浸透して愛されていましたが、近年は特に欧米で日本食が大ブームになっているんです。肉食をベースとした欧米食はどうしても高脂肪・高糖質になりがちですが、近年は魚を中心とした和食が健康によく、味も良いことが知られ、多く食べられるようになってきています。となると、おのずと寿司店が増えていくわけです」(同)
確かに、農林水産省が発表したデータを見ると、海外の日本食レストランの出店数は、06年に約2万4000店だったのが、21年には約15万9000店に増えている。また、コロナ禍で多くの飲食店が閉店に追い込まれているなか、海外では日本食レストランは右肩上がりに増えている。
「海外資本の現地のお店が増えていることも理由の一つですが、海外市場を狙った日本資本のレストランが増えているということも関係しています。日本のチェーン店が積極的に海外進出しているんです。こうした動きはコロナ禍で抑制されていた部分も大きいので、制限が解かれた今後はもっと顕著になっていくでしょう」(同)
確かに、国内でも人気の「元気寿司」などは22年9月末時点で海外に204店舗も出店していることを見ると、日本の寿司チェーンの海外進出は勢いを増しているようだ。だが、これらに勝る一番大きな理由が、欧米における日本人寿司職人の人手不足なのだとか。
「意外に思われるかもしれませんが、料理人を目指す調理専門学校在学生の就業実績を見ると、国内における寿司職人の数は、イタリアンやフレンチなどの料理人に比べると格段に少ないです。寿司は日本の料理なのに、寿司職人よりもヨーロッパ料理の料理人のほうが多いという逆転現象がずっと続いています。もちろんこの比率が直接実際の寿司職人の数に直結するわけではありませんが、国内でも寿司職人が少ないのに、ましてや渡航して欧米で寿司職人になろうとする人となると、その数はもっと少なくなるのではないか、という推測はできると思います。それに対して、欧米で寿司職人を必要としている寿司店はごまんとあるため、欧米では日本人の寿司職人の取り合いが起きているというわけです。そして、こうした傾向が特に強いのは本物志向の高級寿司店なんです。
もちろん、現地の欧米人が寿司の作り方を学んで寿司店で働いているケースも多いですが、そうした人が勤めているのは主に大衆店。欧米では1980年から1990年ごろに一度日本食のブームが起きて、チェーン店の日本食レストランが爆発的に増加していました。そこで現地の欧米人がたくさん働くことになった歴史があります。ですから欧米の寿司店からするとアジア人、とりわけ日本人が店頭に立つことで、大衆店とは一線を画したお店の雰囲気作りができるわけです」(同)