「見るのも嫌だ。隣に住んでいたら嫌だ」――首相秘書官のこの発言以来、野党が政府の多様性に関する認識を問いただすなど、同性婚の法制化を含む性的少数者(LGBTQ)の人権に関する議論が熱を帯びてきた。東京オリンピックを前に制定機運が高まりながらも、自民党の反対で頓挫した「LGBT理解増進法案」にも再び光が当たる。

同法案は、2021年に自民党が提案した法案要綱をもとに超党派議員連盟で修正協議が行われ、まとめられた。その議論の過程で、当初の自民党案にはなかった「差別は許されない」という文言が加わったことに、自民党細田派(後の安倍派)など保守派が強く反発。法案は党内で了承されず、お蔵入りとなった。

今回の首相秘書官の差別発言は、国会で同性婚の法制化について問われた岸田首相が「社会が変わってしまう」と答弁したことについて、記者団に解説する中で飛び出した。そのため、秘書官の更迭で済まされず、岸田首相自身の認識が問われる事態となったのだ。

5月には先進7カ国(G7)首脳会議が広島で行われ、日本は議長国を務める。岸田首相の檜舞台だ。ところが、G7の中で同性婚も認めずLGBTQ差別禁止の法制度もないのは日本だけ。岸田政権は多様性に無理解、との批判を打ち消そうと、自民党はお蔵入りさせていた理解増進法案への議論を再開することにした。

ただ、この動きに保守派は警戒感をあらわにしている。

差別禁止が社会を分断? 不合理的な主張で自らを正当化する政治家の面々

たとえば西田昌司参院議員は、「内心に関わる問題だ。差別禁止と言われれば逆に社会を分断させてしまう」などと否定的な見解を述べた。

差別とは、正当な根拠なく他者を劣ったものとみなして不当に扱うことだ。それが分断を深めることは、アメリカの黒人差別を巡る白人至上主義の言動とその影響を見れば明らかだろう。

ところが、西田発言はそうではなく、差別を禁じると社会が分断される、というのだ。極めて分かりにくい。要は、法律によって差別の不当性が明確になって、差別を容認する自分たちが批判されれば、激しく反撃すると予告しているのだろうか。

性的少数者への差別禁止に反対する政治家たちは、同性婚に関しても猛反対だ。しかし、その反対理由もまた、かなり不合理的で説得力に欠ける。

その一つが、「LGBTQは種の保存に反する」との主張だ。たとえば2021年5月、理解増進法について協議した自民党の会合で簗和生(やな・かずお)衆院議員が、次のような発言をした。

「生物学的に自然に備わっている『種の保存』にあらがってやっている感じだ」

2020年に自民党の足立区議が、同性愛について「これが足立区に完全に広がってしまったら(中略)私たちの子どもが1人も生まれないということ」「(同性愛者が)法律で守られているなんていう話になったんでは、足立区は滅んでしまう」と述べたのも、趣旨は同じだろう。

杉田水脈衆院議員がLGBTQの人たちについて「彼ら彼女らは子供を作らない、つまり『生産性』がないのです」と書いたのも、同根だ。

同性の組み合わせからは次の世代は出生しない、と強調し、このままでは「種」すなわち日本人は減少し、いずれいなくなってしまう。そういうことにならないよう、同性婚は禁じておくべきだ、と言いたいらしい。

もし、同性愛者だけの、あるいは同性愛者が多数派を構成する社会であるならば、その主張は意味を持つかもしれない。しかし、現実社会ではそんな想定はしようがない。LGBTQはあくまで「少数者」だ。差別がなくなれば、性的指向を隠さずに生きる人は増えるかもしれないが、同性婚を法制化したからといって、LGBTQの人たちが急増して社会の多数派を占めるというような自体はありえない。

そんな無意味な想定を、あえて「滅んでしまう」などという言葉を使い、人々を脅しながら展開するのは、かなり質の悪い主張と言わざるをえない。

もし本気で「種の保存」を心配するなら、そうした政治家たちがやるべきは、同性婚反対などではなく、実質賃金の低下などで結婚したくても踏み切れずにいる人たちを増やし、少子化を加速させた自分たちの政治を猛省し、対策を急ぐことに力を注ぐことだろう。