「選挙運動費用収支報告書への不記載」による追及
しかし、江東区議側の「陣中見舞い」の弁解には、公選法上「弱点」もある。公選法で義務づけられている「選挙運動費用収支報告書」の記載との関係だ。検察には、「陣中見舞い」の弁解を逆手にとって崩していく戦略も考えられる。
区議選の「陣中見舞い」だとすると、それは、江東区議選挙での選挙運動費用に充てるための寄附収入であったことは否定できない。そうであれば、公選法189条1項1号により、選挙の期日から十五日以内に提出が義務付けられている選挙運動費用収支報告書に記載しなければならない。
11月17日付け朝日記事【容疑者は「柿沢議員」 秘書、重鎮、区議…次々捜索 現金の趣旨焦点】に、「朝日新聞が、江東区議44人全員に、4月の区長選・区議選をめぐって柿沢氏や事務所関係者からの現金受領の有無をアンケートした結果」が紹介されているが、その中に注目すべき記述がある。
回答を得られなかった4人のうち、自民系の区議1人は今年2月21日に柿沢氏の資金管理団体から20万円を寄付として受け取ったと、区議選の選挙運動費用収支報告書に記載している。この区議は取材に、「適正に処理している」と述べ、趣旨などについては明らかにしなかった。
とのことだ。
このアンケートの回答のとおり、その区議が、柿沢氏側からの金銭の受領を選挙運動費用収支報告書に記載しているとすると、まさに、それは、江東区長選挙での「陣中見舞い」を受領したことの公選法上適正な処理だったことになる。では、柿沢氏側から受領した金銭を「陣中見舞い」と主張する他の区議は、選挙運動費用収支報告書に記載しているのか。
選挙運動費用収支報告書の虚偽記入に対しては、公選法246条5号の2により、3年以下の禁錮又は五十万円以下の罰金に処せられる。
この点を検察官に追及されれば、「陣中見舞い」だと主張しても、別の違反に問われることになり、「公選法違反は犯していない」という言い訳は通らないことになる。
柿沢氏側から金銭の供与を受けた江東区議らが、自らの選挙への「陣中見舞い」の趣旨に加えて、江東区長選挙での木村氏の応援の趣旨を、どの程度に認識していたのかについて、ありのままに供述せざるを得なくなるのではなかろうか。
選挙運動費用収支報告書に関するルールの形骸化もっとも、この選挙運動費用収支報告書の記載については、実質的に選挙運動にかかる費用とその収入とが、すべて報告書に記載されるのではなく、選挙期間中、選挙運動に直接かかる費用「人件費・家屋費・通信費・交通費・印刷費・広告費・文具費・食糧費・休泊費・雑費」などの費用だけが記載され、収入欄の記載も、この支出に対応する収入金額にとどめるのが通例であった。
まさに、この点に関する公選法違反の解釈・運用が問題になったのが、2013年、猪瀬直樹東京都知事の辞任の原因となった「徳洲会から猪瀬氏への5000万円の選挙資金提供の問題」であり、これについては、当時、私も、検察官時代の実務経験に基づいて【猪瀬都知事問題 特捜部はハードルを越えられるか】と題する記事を書き、「公選法の選挙運動費用収支報告書の規定が形骸化している現実」を指摘した上で、「都から認可を受けている病院の経営母体の医療法人から5000万円もの多額の選挙資金の提供を受け、それを全く開示していなかった猪瀬氏のような行為が許されるのであれば、選挙の公正は著しく害されることになる」と指摘した。
結局、この問題で猪瀬氏は都知事辞任に追い込まれ、その後、私の指摘のとおり、この5000万円の選挙資金提供の問題で、猪瀬氏は、選挙運動費用収支報告書虚偽記入の公職選挙法違反の罪で略式起訴されるに至った。
この頃までは、選挙運動費用収支報告書についてのルールが形骸化していたことは確かだが、それは2013年のことである。それから10年の間に、報告書の収入の記載についての認識も変わってきたことが、前記の朝日のアンケート調査への回答での「陣中見舞い」の収支報告書への記載に反映されていると言うべきであろう。
「柿沢事件」をどうみるか、柿沢氏はどうすべきか今回の柿沢氏の江東区長選挙をめぐる金銭供与は、金額・規模から言って、現職国会議員の逮捕・起訴という「大捕り物」を演じるだけの悪質・重大事件と言えるかどうかは疑問だ。
しかも、柿沢氏側の「江東区議会議員選挙の陣中見舞い」という弁解は、一見すると、「覆しにくい根拠のある主張」のようにも見える。しかし、実は、それは、特定の選挙と結びついた弁解であるが故に、逆に、公選法の選挙運動費用収支報告書のルールという「地雷」を踏むもことになった。
そのような主張自体が、これまで公職選挙をめぐって行われてきた不透明な「政治家間の金銭の授受」が「陣中見舞い」などという曖昧な言葉で正当化されてきた「日本の公職選挙の現実」を反映するものであり、それが選挙に対する国民の不信・失望にもつながってきたともいえる。
柿沢氏側の一見「盤石のように見える弁解」も、そこに“致命的な弱点”がある。
法務副大臣の職にあった柿沢氏は、今回の公選法違反疑惑が報じられた直後に、副大臣の辞表を提出して、国会にも出席せず、説明責任を果たすことを拒否した。その後も、事件については沈黙を続けている。公選法違反事件の捜査に対しても、「江東区議会議員選挙の陣中見舞い」との主張が間接的に伝えられるだけで、公の場での説明は全くない。
このまま従前の弁解を続けるだけでは、金銭を受領した江東区議の多くが、被買収と選挙運動費用収支報告書の虚偽記入罪の両面から失職リスクにさらされることになる。
一般的には、刑事事件については、刑事裁判の場以外では何も語らない、という対応がとられることが多い。しかし、公職にある政治家が刑事事件の捜査の対象とされた場合は、単なる被疑者としての立場だけではない、国民に選ばれた政治家としての説明責任がある。河井事件についても、私は、当初から【河井前法相「逆転の一手」は、「選挙収支全面公開」での安倍陣営“敵中突破” 】などで、河井氏自らが当該選挙をめぐるカネの流れを積極的に公表すべきだと述べ、「河井克行前法相の行動によって、公職選挙の歴史が変わる」とまで言ってきた。しかし、河井氏は、法務大臣辞任以降、刑事法廷以外の場で事件について語ることは全くなかった。そういう対応によって、実刑判決が確定し服役している克行氏に何か得るものがあっただろうか。
柿沢氏が、さほど悪質・重大とも言えない公選法違反事件でここまで追い込まれているのも、日本の公職選挙において不透明な資金のやり取りが慣行化していることに根本的な原因がある。その実態について積極的に説明し、抜本的な改革の契機としていくことこそが、法務副大臣としての役割を果たせなかったことに代えて、国民に対して果たすべき義務と言えるだろう。それこそが、この事件を政治家として乗り越える唯一の方法であることを自覚すべきだ。
提供元・アゴラ 言論プラットフォーム
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