今年4月の東京都江東区長選をめぐり、自民党衆院議員、柿沢未途・前法務副大臣が、木村弥生・前区長を当選させる目的で江東区議らに現金を渡した疑いがあるとして、東京地検特捜部は、11月16日に、柿沢氏の江東区の事務所などを公職選挙法違反(買収)容疑で家宅捜索したと報じられた。

柿沢未途 衆議院議員 同議員Xより(編集部)

当初は、木村氏陣営が選挙中に違法な有料ネット広告を掲載したという同法違反容疑による捜査だったが、今回の強制捜査は、柿沢氏本人を買収の容疑者とする捜索差押許可状に基づくものと報じられており、柿沢氏本人を被疑者とする買収の公選法違反事件が立件されているようだ(以下、「柿沢事件」という)。

今後、国会会期後の柿沢氏の逮捕、起訴が焦点となっていくことになるのであろう。

このような「政治家間の買収事件」には、もともと、買収事件としての立証に関して多くの問題があり、それは、2019年参院選広島地方区での河井克行元法務大臣の現金買収事件(以下、「河井事件」という)と多くの共通点がある。

河井事件では、「多額現金買収事件」で元法務大臣の現職国会議員が逮捕・起訴され、厳しい批判を受ける一方、検察の捜査手法も多くの批判を浴びた。私は、その河井事件についても、【河井前法相“本格捜査”で、安倍政権「倒壊」か】以降、当欄の記事で、その都度詳細に論じてきた。その河井事件との比較を踏まえ、柿沢事件を、公選法違反の買収罪の立証という観点から検討してみたい。一見「盤石」のように思える柿沢氏側の弁解だが、実は、そこに大きな「弱点」があることがわかる。

「政治家間の金銭の授受」の買収罪摘発の困難性

公選法上の買収罪というのは、「当選を得若しくは得しめ又は得しめない目的をもつて選挙人又は選挙運動者に対し金銭、物品その他の財産上の利益若しくは公私の職務の供与、その供与の申込み若しくは約束をし又は供応接待、その申込み若しくは約束」(221条1項1号)をすることである。

特定の公職選挙に立候補した候補者が、有権者に現金を渡して投票を依頼した、というような古典的な投票買収であれば、買収罪が何の問題もなく成立する。また、「選挙運動は、その候補者を支持・応援する人が無償でボランティアで行う」という原則の下では、公選法上届出等で例外的に認められているもの以外は、特定の候補者への投票を呼び掛ける選挙運動に従事してくれる選挙運動員に報酬を支払う行為が「運動買収」として買収罪に当たることも明らかだ。

問題は、選挙に関連した「政治家間の金銭の授受」と買収罪の関係である。この場合、「当選を得る目的」「当選を得しめる(得させる)目的」があったのか、「選挙人又は選挙運動者」に対する「供与」と言えるのかが常に問題になる。

政治家の場合、日常的に政治活動を行っている。そこでめざすのは、自らの政治活動への支持の拡大であり、それが、結果となって表れるのが、有権者がその政治家或いは党派を同じくする政治家をどれだけ選択し、支持してくれるかによって決まる「選挙」である。

そのような政治活動が、政治家個人にとっては「地盤培養」、政党にとっては、「党勢拡大」と言われ、特定の公職選挙で特定の政治家を当選させる目的と密接に関連する。そのため、特定の選挙で特定の候補者を当選させる目的で行っているように思える活動も、「地盤培養」「党勢拡大」などのための政治活動という性格を有することは否定できない。

それが、「政治家間の金銭の授受」については、「当選を得る目的」「当選を得しめる目的」を否定し、「選挙運動の対価」ではなく「政治活動の費用の寄附」だとする弁解・主張につながる。買収者・非買収者双方が、このような主張を続けた場合、「当選を得る目的」「当選を得しめる目的」、「選挙運動」の対価であることの立証は容易ではない。

「政治家間の金銭の授受」の摘発を困難にするもう一つの要素が「公民権停止」との関係だ。公選法違反で有罪が確定すると、執行猶予付懲役刑であれば執行猶予期間、罰金刑であれば原則5年(情状により短縮)、公民権停止となり、選挙権、被選挙権が行使できなくなる。一般有権者であれば、それ程影響はないが、公職についている政治家にとっては、その公職を失い、一定期間立候補もできなくなるという死活問題に直結する。

贈収賄罪などと同様に、買収罪では、買収者と被買収者は「必要的共犯」の関係にあり、申込罪(金銭等を渡そうとしたが拒絶した場合)以外は、買収の犯罪が成立すれば、被買収者の犯罪も当然に成立する。しかも、買収罪の摘発が、特定の政治家や政党だけを狙って恣意的に行われることがないよう、検察庁では、処理求刑基準が定められ、買収金額によって、公判請求、略式請求、起訴猶予などの処分の基準が明確化されている。

そのため、国政選挙で、候補者側から選挙区内の地方政治家多数に供与された、という事実が明らかになったとしても、供与者側だけでなく受供与者も公選法違反での起訴は免れず、双方が目的や趣旨を徹底して争うことになり、また、仮に、有罪となれば、現職議員の大量失職というような事態を招く。

というようなことから、「政治家間の金銭の授受」の買収罪による摘発は容易ではなく、検察の従来の実務では、買収罪の適用事例は極めて少なかった。