製造業の中でも資本金の大きな1970~80年代に花形企業だった輸出主導の大手製造業者が、円安が進行するほどには輸出先の販売価格を下げないだけで、安直に円ベースの売上を拡大することができ、その拡大分はほぼ全額利益として吸収していたのです。
このへんは、いわゆる財界団体では1980年代までにもう盛りを過ぎてしまったような重厚長大型製造業各社の元社長、元会長がいまだに牛耳っている長老政治存続の弊害でしょう。
2012年には先進諸国でもっとも評価が低い劣等生だった日本の株式市場が、製造業を中心に最近ではまん中あたりまで評価も回復していることが、次のグラフに歴然と出ています。
ですから、ストックオプション制度を導入している大手企業の経営者などが円安大歓迎になるのも、自然の成り行きなのかもしれません。
円安を推進したがるもうひとつの有力産業団体往年の製造業花形企業と並んで、どんなに国民を窮乏化させても円安を推進したがるグループが、銀行、生損保、投資顧問会社といった金融業界の人たちです。まず、日本の銀行業界がいかに大きな対外投融資の担い手になっているかから、ご確認ください。
上段を見ると、銀行業界にとって本業である預金金利と融資金利とのサヤを抜く純金利収入は、やっと2020年に底打ちした程度です。ですが、2016年にはもう日本の銀行業界が対外投融資の運用者としては5大国の中で最大となっていたのです。
銀行や生損保や年金基金の運用者にとって、日本国内では達成できないような高利回りの運用を目指すとき、円を投資先の通貨に換える際に精々数ベーシスポイント(100分の1%)の円安で調達を渋ってチャンスを逃がすことはありません。どうしても円安方向に傾きます。
また、海外で達成した投融資の成果を現地通貨から円に換えるときに、投資を始めたときより円安が進行していれば、円ベースでの利回りはさらに膨らみます。こうして金融業界全体が、万年円安の進行を期待するようになるわけです。
往年の重厚長大型製造業大手と、金融業界全体がタッグを組んでしまうと、現在の日本経済ではそうとう強力な圧力団体になります。これはちょっとやそっとでは、改善の見込みはなさそうだと思っていたら、意外なところから円安・超低金利にほころびが見えてきました。
円安・超低金利政策にもほころびが……大手生命保険会社などは「万が一、運用期間中に為替が円高に振れて円ベースで目標利回りが達成できなかったら」という事態を想定して、円を安く買える先物やオプションを使ってヘッジをしながら海外投資をしてきました。
ところが、毎年ほぼ例外なく円安が進み、また円高に備えたヘッジをするためのコストも上がってきたため、2022年には海外運用資金のヘッジ率が9年ぶりに50%を割りこんだことが、上段のグラフに出ています。
皮肉なもので、イールドカーブコントロール(YCC)の上限を0.25%から0.5%へ、そして1%へと拡大するにつれて、ヘッジコストを勘案した海外債券の利回りが日本国内の債券利回りより低くなってしまったのです。
とくに米国債やドイツ国債はもう、ヘッジ付きだと利回りはマイナスになっています。こうなると、ヘッジなしで運用していたところは、もっと円高が進む前に円を買おうとしますし、円高に対応するためのヘッジのコストもますます高くなるでしょう。
いずれ、外国債で危ない橋を渡るより運用対象を国内債に切り替える金融機関も出てくるはずです。そうなると、円安から円高への転換が現実味を帯びてきます。
ほかにも、日本の金融政策がどんなにだらしなくても円高に転換しそうな予兆は出て来ています。たとえば、ジェローム・パウエルFed議長の「もっと長期にわたって、もっと高金利を」という公式コメントとは裏腹に、アメリカの債券市場は金利低下を読み始めました。
過去のパターンが引き継がれていれば、1ドル149円から151円へとドルが急騰したとき、米国10年債金利と日本10年債金利とのスプレッドは拡大していたはずです。ところが、これだけドルが円に対して急上昇しても、スプレッドのほうは拡大せず、縮小したのです。
債券市場は明らかに「もうFedには高金利を維持する手段はなくなってきた」と見ています。アメリカの高金利に惹き寄せられていた資金は、金利が低下しはじめれば離散していくでしょう。
アメリカは世界中から投融資を搔き集め続けなければ破綻してしまう借金国家ですから、この事実がアメリカ金融業界に及ぼす影響は甚大でしょう。
ですが、そもそも金融業界が肥大化しすぎたために「インフレ率が高くても、高金利の国に資金は集まる」といった異常事態が常態化していたわけですから、どんなに打撃は大きくとも金融業界が縮小するのは健全な展開です。
金融業界が肥大化し、世帯金融資産に占めるリスク資産の比率が高まるほど、貧富の格差が広がることは、次のグラフが一目瞭然で示しています。
アメリカやスイスのように世帯金融資産の8~9割がリスク資産という国では、下から90%の人たちが保有している資産総額は世帯資産総額の30%どまりです。
一方、今なお世帯金融資産の半分以上を現預金で持っている日本では、下から90%の人たちが世帯総資産の60%を持っています。
中国が日本と同じくらい富が分散した社会だという点には疑問が残りますが。でも、もともと人民解放軍の軍票でしかなかった人民元への信頼が薄いので、中国の世帯では資産形成はカネに頼らず不動産でやっているため、金融資産の分布は平等性が高いのかもしれません。
空洞化が進む米ドル基軸通貨の座先ほど決済通貨としての米ドルのシェアは48%に達したことをお伝えしました。為替決済には必ず2つ以上の通貨がからむので、シェア48%ということはほとんどあらゆる為替取引で片方は米ドルを使っていることになります。
にもかかわらず、基軸通貨としての米ドルの地位は確実に低下してきています。
なぜかと言うと、ありとあらゆる決済に使われている米ドルのうち、アメリカ連邦政府財務省や連邦準備制度の管轄下にある米ドルは少数派であって、多数派は本国に還流せず高い利回りを求めて世界中を徘徊しているユーロダラーだからです。
ユーロダラーと言うと、ヨーロッパやカリブ海のタックスヘイブン諸国の銀行に預けられている資金という印象がありますが、日本の銀行・生損保・投資顧問会社などが運用しているのもユーロダラーです。
どの時点を切り取ってみても、その時ユーロダラーの総額はいくらに達していたということを確認できる組織もありません。当然のことながら、米国財務省もFedもユーロダラーの総量や金利水準をコントロールすることはできません。
高利回りを求めて世界中をさまよっている資金なので「チャンス!」と思えば急拡大し、「ピンチ!」と思えば縮み上がってしまいます。
つまり、金融当局が志向するなるべく景況がでこぼこにならない平坦な成長経路を目指すカウンターシクリカルな政策とは正反対に、サイクルの振幅を広げる方向に動くわけです。
こういう「やっかいな存在が連邦準備制度のような立派な組織から、貨幣供給量や金利水準の決定権を奪ってしまったことが、近年金融危機が頻発するようになった最大の理由だ」と唱える向きもあります。
ユーロダラー総額の近似値としてはクリアリングハウス銀行間支払システム(CHIPS)集計の世界貿易取扱総額がいちばん適切でしょう。このデータからユーロダラーの現況を推測してみましょう。
世界的に見てユーロダラー研究の第一人者と思われるジェフリー・スナイダーはおおよそ以下のような見解を持っています。
「2008~09年の国際金融危機時に、ユーロダラーがシステム障害を起こした。だれが管理するわけでもない自然発生的なシステムなので、だれも直しようがないのでそのまま危機を頻発させている」
私は、もうひとつ前の屈曲点である1994年に注目したいと思います。この時点で世界製造業を牽引する国が日本から中国に変わったからです。