危機対応は誰のために行うのか
企業不祥事における危機対応は、誰の意向にしたがい、誰の利益を図る方向で行うのかという第一の問題について言えば、重大な不祥事に直面した企業においては、当然、経営者の責任が追及される。経営者の利益と、企業がその問題について社会的責任を果たし正当な利益を確保することとは、しばしば対立する。企業が不当な不利益やダメージを受けると、株主・従業員・取引先などが影響を受ける。とりわけ、その事業による社会的影響が大きい場合、単に一企業の利益を損なうだけでなく、社会全体の損失にもつながる。
このような場合に、企業不祥事に関して設置される「第三者委員会」の立場は、企業からも経営者からも独立し、ステークホルダーに対する説明責任を果たす方向で対応することが求められるのであり、その立場は明確だ。
しかし、当該不祥事企業に依頼され、危機対応に関わる弁護士の立場は微妙だ。
直接、相談や依頼を受けるのは、経営者或いは担当の役職員個人からだ。彼ら個人の意向や方針に沿って対応することによって、その弁護士に対する「依頼者の評価」は上がる。しかし、個人の利益と組織としての企業の利益とが相反する場合もある。
例えば、不祥事を起こした企業から危機対応を依頼され、本来、不祥事の重大性から社長辞任は避けられないと考えられる状況で、社長から、辞任しない前提での危機対応を依頼された場合、企業との契約なのであれば、本来は、経営者の意向や利益に反しても、企業自体の利益を図るべきということになるが、実際には、直接の依頼者である経営者個人の意向や利益を尊重して危機対応を行うということになりがちだ。その点は、弁護士としての考え方によって異なる。
ジャニーズ事務所の問題では、依頼者の企業は非公開会社で、しかも、株式は100%ジュリー藤島氏が保有しているため、保有する資産や事業内容から言えば、そのまま事業を存続できる会社である。一般的には、弁護士として、依頼者は、形式上は会社であっても、実質的にはジュリー氏個人との前提で対応しようと考えるのも無理はない。
しかし、実際には、そのような一般的な考え方は通用しなかった。既に述べたように、その会社の存在自体が「前の経営者ジャニー氏の重大な性加害行為」と切り離すことができず、ジャニーズ事務所という社名のまま存続することも、ジュリー氏が経営者という立場に残ることも許されない、という前提で考えると、そもそも、ジャニーズ事務所という会社自体も、ジュリー氏という経営者個人も、実質的に危機対応を依頼する立場ではなかった。そう考えると、ジュリー氏の意向や利益に沿って対応することは、もともと困難だったと言える。
では、この場合の危機対応は、誰からの依頼で、誰のためのものと考えるべきなのか。
後述するように、ジャニーズ事務所という会社は、創業者たる経営者の性加害行為で厳しい社会的批判を受け、存続が許容されない事態となっていることからすれば、「社会的には破綻した会社」とみることができる。その事業の実態を今後どこまで維持していくのか、という問題であり、そういう面で言えば、「倒産処理を受任した弁護士」と同様の立場で対応すべきであったと言えるだろう。
もっとも、ジャニーズ事務所という企業が、ジャニー氏の性加害問題でここまで非難されるという会社の現在の状況は、半年前には誰も予想しえなかったことも事実である。木目田弁護士が、どの時点で危機対応に関わるようになったのかは不明だが、受任の段階で、現在の状況を見越して対応することが極めて困難であったことは間違いない。
ジャニーズ記者会見の対応方針は「日本的株主総会対応」と似ていたこのことは、不祥事企業としての記者会見での対応方針という第二の問題にも関係する。
今回の一連の記者会見のやり方は、上場企業が年に一回の株主総会で、顧問弁護士事務所のサポートを受けて行う「日本的株主総会対応」と考え方が似ているように思える。
本来、株主総会というのは、「株主との重要なコミュニケーションの場」である。社会的、公益的事業を営む会社にとっては、社会に対しての発信の場でもある。しかし、日本の大企業の多くでは、「株主総会対応」では、総会を、できるだけ短時間でつつがなく終わらせ、総会で対応する経営トップ、役員の負担を軽減することが重視されてきた。それを、裏方としてサポートするのが、顧問弁護士だ。
ジャニーズ事務所の記者会見対応では、会見参加者の座席をブロックごとに分割して指名し、「一社一問」「追加質問なし」などのルールが設定され、特に2回目の会見では会見時間が予め2時間と限定され、ジャニーズ事務所側は関与を否定しているが、「NG記者リスト」が会場に持ち込まれていた。「経営者に恥をかかせず、負担を軽減すること」を主目的とする「日本的株主総会対策」と似た発想のように思える。また、会見参加者からは、「質問のための挙手を行わず、司会者に異論を唱える参加者にヤジ・怒号を飛ばしてばかりいる人間がいた」という話も出ている。
「日本的株主総会対策」のような考え方は、今回、ジャニーズ事務所という企業が置かれている状況からすると、この事案にはなじまないものだった。本来の株主総会以上に、許されることのない重大な不祥事が発覚した企業としてのコミュニケーションの姿勢が強く求められていた。
しかし、1回目の会見の時点で打ち出した方針が社会に全く受け入れられなかったからこそ、大きく方針を変えたのである。2回目の記者会見では、ジャニーズ事務所として性加害問題の重大性についての認識が不十分であったことを認め、批判非難をとことん出させ、それへの応答をし尽くすことが重要だった。しかし、実際の2回目の会見での対応は、それとは異なったものだった。
事前に作成され、会見時に司会者・運営スタッフ等が所持していたことが明らかになっている「指名候補記者・指名NG記者リスト」が、記者会見の場で、批判的・追及的な参加者の指名を避けて、ジャニーズ事務所側への批判が大きくならないようにしようとする意図で作成されたことは明らかだ。
ジャニーズ事務所は、このリストの作成には一切関わっていないと公言しているし、コンサルティング会社側も同様に述べている。10月6日付の「FRIDAY DIGITAL」で、【スクープ!運営スタッフが激白『ジュリー氏も会場にいた』『リストはジャニーズの要望に基づいて作成』】と題するネット記事が出されたことについて、7日付けで、ジャニーズ事務所が出したコメントの中で、
いわゆる「NGリスト」なるものが弊社の要望に基づいて作成されたなどとする部分について、会見を委託したコンサルティング会社を選任し、運営について直接やりとりをしていただいていた弊社顧問弁護士にも改めて確認しましたが、顧問弁護士らも上記のような要望や意見を行った事実は一切ないとのことでした
と述べ、コンサル会社の船員や運営についてのやり取りは「弊社顧問弁護士」が行っていたことを明らかにしている。ここで言うところの「ジャニーズ事務所の顧問弁護士」が誰なのか、会見にも同席した木目田弁護士を指すのかは不明だ。
記者会見の運営について、コンサル会社との間で「直接やり取り」していたのが「顧問弁護士」だったというのであれば、会見の運営にどのような方針で臨むのかについて、コンサル会社と「顧問弁護士」との間で、どの程度に認識を共有していたのか、「ジャニーズ事務所に対して批判的、攻撃的な質問をしてくる記者への対応」について、コンサル会社が、「指名候補記者・指名NG記者リスト」まで事前に作成して質問をコントロールする方針で臨んでいることを、どの範囲の関係者が認識していたのかが問題となる。
今後、危機対応において発生した「不祥事」に関してジャニーズ事務所が会見等を行う際には明らかにすべき事項だと言えよう。
「危機対応の失敗」はなぜ起きたのか今回、2回のジャニーズ事務所の記者会見という同社の危機対応には大きな問題があり、その失敗によって、2回目の会見では「NGリスト」の存在が露見して大きな批判を受けるなど新たな不祥事が発生したことで、同社は一層厳しい状況に追い込まれている。
今回のジャニーズ事務所の危機対応において、危機的状況を治めるべき場面で重大な不祥事が発生し、同社への批判が一層高まったことは、危機対応の失敗と言わざるを得ないだろう。
木目田弁護士は、私の検事時代の後輩であり、弁護士となってからも業務上で関わりがあった。検事として法務官僚として有能で、その経験・能力を、企業法務、株主総会対応、危機管理業務等の弁護士業務で発揮してきた木目田弁護士だが、本件の対応では、前社長のジュリー藤島氏の意向と利益に沿うことを優先したこと、それに対する批判をかわそうとする対応に終始したことが、結果的に危機対応の失敗を招いたように思える。
しかし、ここで改めて考える必要があるのは、今回の問題が、様々な社会の要請が交錯する複雑な構造のコンプライアンス問題であり、その点を理解した上で対応する必要があるということだ。
今回の問題の根本である創業者で経営者の性加害の事実については、長期間にわたり膨大な被害が発生していることが明らかになっているが、加害者のジャニー氏本人は既に死亡しており、責任を追及することはできない。
長年にわたる性加害の被害者の救済が強く求められるが、その事実の把握は被害者の供述に依存せざるを得ず、被害事実の認定も、通常の裁判上での事実認定のレベルでは困難なものも多い。
そのような重大な性加害者が絶対権力者として経営してきた企業がそのまま存続することは社会的には許容されず、「ジャニーズ事務所」という名称も、芸能プロダクション会社としての存在も、この世の中から消し去るしかないが、一方で、その企業には、経営者による性加害の事実の表面化を妨げたことに責任がないとは言えない役職員を含め、多くの社員が今も稼働している。
しかも、そのような独裁的経営者による性加害が行われる環境の中で、それに耐え、少年の頃からの懸命の努力と精進の結果、ジャニーズタレントとして地位を確立した、或いはそれをめざす多くの若者たちが所属しており、彼らが提供する歌・踊り・演技等は多くのファンに愛され、楽しまれている。
この問題については、ジャニー氏が犯した性加害行為の実態を明らかにして被害者に十分な賠償を行うこと、長期間にわたって経営者による性加害行為が継続する背景となった組織上の問題を明らかにし、経営者による人権侵害企業という負の側面を徹底的に排除することが求められる一方、所属する多くのタレントの活躍の場を確保し、彼らのファンの期待に応えていくことも必要となる。
今回のジャニーズ事務所の問題は、このように様々な社会的要請が交錯する、複雑極まりないコンプライアンス問題であり、そうであるが故に、そもそも、誰の意向にしたがい、誰のために危機対応を行うのか、ということすら判然としない、極めて特異な危機対応の事案だと言える。
このような、極めて複雑な構造を有する特異なコンプライアンス問題での危機対応というのは、どのように行うべきなのか。