男女比が逆転? 日本の独特な身体改造カルチャーの実態
ーーその一方で、舌を二股に切断する「スプリットタン」は、特に若い女の子たちのあいだで相変わらず人気ですよね。日本における身体改造の人気の秘密はどのような部分にあるのでしょうか。
ケロッピー前田:2004年に金原ひとみさんが『蛇にピアス』(集英社)で芥川龍之介賞を受賞したことがきっかけで、スプリットタンは有名になりました。受賞前に金原さんにインタビューしているんですけど、僕が書いた記事を読んでスプリットタンの存在を知ったと本人も言ってました(笑)。
『BURST』は読者の4割が女性で、女の子の身体改造の実践者が多いのも日本ならではの現象ですね。
――スプリットタンって海外ではあまり浸透していないんですか?
ケロッピー前田:実践者は多いけど、男性がほとんどだね。ひと昔前に性器ピアスが流行ったのは、当時のゲイカルチャーとの相性が良かったからで、「モドゥコン」の参加者もセクシャルマイノリティの男の人が大半でした。海外では昔から、男性が身体改造のシーンを盛り上げてきたけど、日本は女の子たちが率先して実践しちゃったんです。
やっぱり、江戸時代以降に登場した伝統的な刺青文化が、戦後のヤクザ映画の影響もあって、反社的なイメージと結びつけられてしまったから。結局今も日本には、タトゥーに対する根強い偏見が残っているじゃないですか。タトゥーは彼氏が嫌がるかもしれないけど、ピアスならいいかな?スプリットタンならいいかな?サスペンションならいいか!みたいな感じで(笑)。
――やはりピアスからどんどんエスカレーションしていく流れなんですね。
ケロッピー前田:歴史的に見てもそうですよね。サスペンションは90年代の後半でもまだ、選ばれた人じゃないとできない雰囲気があったけど、今は技術や道具も整備されているので、誰でも気軽に挑戦できる時代になりました。
ところで、現代的なボディサスペンションが最初に行われたのは1976年で、日本だったんですよ。ステラークという現代アートのパフォーマーが実演しました。ステラークさんに「どうして日本に来たの?」って聞いてみたことがあるんだけど、彼は「当時の日本が非西洋的な土着的な文化を残しながら、世界に誇る技術大国となったことに興味を持った」と言ってましたね。
西洋人からすると、日本ってテクノロジーとプリミティブが合体しているようなイメージがあるんですよ。サイバーパンクのアイディアなんかも80年代の日本が着想の源泉ですからね。西洋人は非西欧文化としてのモダン・プリミティブズな身体改造を求めたけど、日本はちゃんとしたモダンを通過していないから、プリミティブな感覚のままポストモダンにいっちゃったというちょっと変わった歴史的背景を持っているんです。
ーー日本に馴染みのある身体改造って他にどのようなものがあるのでしょうか。
ケロッピー前田:ベーグルヘッドが代表的かな。カナダのジェローム・アブラモヴィッチさんが自らに施すために発明した身体プレイなんだけど、それを今も東京・鶯谷で毎月開催しているフェティッシュパーティー『デパートメントH』でみんなでやるようになったのは日本発だからね。
2011年に福島第一原子力発電所の事故が起きて、世界中のメディアが日本に駆けつけたけど、彼らは放射能が怖いから都内で取材を終えて帰りたかった。そこで自暴自棄になった若者たちのパーティーを探していたら、このイベントに辿り着いたみたいで、額を食塩水で膨らませていた僕たちが注目を浴びることになったんです。
同年8月に開催された『デパートメントH』では、5か国のメディアから取材を受けました。ベーグルヘッドは日本よりも海外で広く知られていて、2012年にはナショナルジオグラフィックが1時間のドキュメンタリー番組を製作してくれました。
――最先端のカルチャーだからこそ、そのときどきの時代の変化に影響されながらも、常に形を変えて進化し続ける傾向にあるわけですね。
ケロッピー前田:僕らは欲するままに改造を楽しんでいるだけ(笑)。でも、9.11がきっかけで「モドゥコン」が終わって、海外の身体改造アーティストが豊かで平和な日本に次々に来るようになって。こうして振り返ると、世界の歴史の変化を含めての身体改造30年史ですよね。