ということで、河井夫妻が、安倍政権の幹部4人から現金計6700万円を受け取った事実があったとしても、公選法違反に問うことは、もともと困難であった。

では、この安倍政権の幹部4人から河井夫妻への現金計6700万円の供与について政治資金規正法違反は成立しないのか。

この点については、私がかねてから指摘している、現行政治資金規正法では、政治家本人に現金が供与された場合の「闇献金」は違反に問えないという、「政治資金規正法のど真ん中に空いた大穴」が立ちはだかる。

つまり、政治家本人に現金で供与された政治資金は、どの政治団体、政党支部、或いは政治家個人に宛てた寄附なのかが特定できないので、どの政治資金収支報告書の虚偽記載、不記載かが特定できず、結局、違反に問えないのである。(【前掲拙著】第2章 110頁)

結局、「安倍政権の幹部4人から河井夫妻への現金計6700万円の供与」を違反、犯罪に問うことは事実上不可能だった。現行法には、今回明らかになったような「選挙に関する政治家間での不透明な現金のやり取り」に対して、公職選挙法も政治資金規正法も抑止機能をはたしていないという構造的な欠陥があると言わざるを得ないのである。

安倍氏2800万円などの資金提供が表に出ることの政治的影響

しかし、当時の安倍晋三首相をはじめ安倍政権の幹部4人から現金計6700万円が河井夫妻にわたった事実があるとすれば、それ自体が刑事事件として立件できないとしても、結果的に克行氏の現金買収の原資となったとして公選法違反事件の公判で検察官が立証の対象にすることは可能だったはずだ。

違法性・犯罪性までは認められないとしても、もし、克行氏の事件での検察官の冒頭陳述に、安倍氏らからの資金提供の事実が記載されていれば、政治的には極めて大きな影響が生じていたはずだ。

しかし、検察の冒頭陳述には、買収原資についての言及は全くなく、買収資金の原資になった疑いが指摘されていた党本部からの1億5000万円も、克行氏が供述する「自宅においていたタンス預金」の話も、いずれも、冒頭陳述には記載されなかった。

一方で、少なくとも、「タンス預金が原資」との克行氏の供述が全く信用できないことは、その後の公判で明白になっている。

中国新聞は、河井事件の公判を詳細に報じ、証人尋問、被告人質問のほぼ全てを公にしている。

私も、その公判詳報に基づいて、河井事件公判について解説してきた。2021年4月17日に出したYahoo!記事「河井元法相公判供述・有罪判決で、公職選挙に”激変” ~党本部「1億5千万円」も“違法”となる可能性」の中で、原資に関する河井氏の公判供述について、以下のように述べている。

買収原資についても、検察官の質問には、

「私の手持ちの資金で賄った」

「衆議院の歳費などを安佐南区の自宅の金庫に入れ保管していた金で賄った。」

と供述したが、検察官から、日頃から議員活動のために「借り入れ」をしていることとの関係や、平成31年3月に金庫にあった現金の額について質問され、「覚えていない」としか答えられなかった。さらに、検察官から「自宅を検察が捜査した時点では大金はなかった。」と指摘されても「わからない」と述べるだけだった。

結局、「タンス預金が原資」だという克行氏の供述は「語るに落ちた」レベルで、全く信用性がないことは明らかだ。

しかし、一方で、当時から明らかになっていた党本部からの1億5000万円が原資になったことを根拠づける証拠もなかったので、冒頭陳述では原資についての言及がなかったということだろう。

この1億5000万円の使途については、2021年9月22日、自民党の柴山昌彦幹事長代理が、党本部で記者会見し、党本部が河井案里氏陣営に投入した1億5千万円は買収の原資ではなかったと説明した。大半は機関紙やチラシの作成などに使われたとし「1億5千万円から買収資金は出していないという報告があった」と述べた。

結局、買収原資は、克行氏が供述するように「タンス預金」ではないことは明らかであり、自民党の調査結果によると党本部からの1億5000万円も他の用途に使われ、原資になっていない。そうなると、買収資金は、いったいどこからの資金だったのか。

政権幹部からの資金が買収原資になったことは明らか

これらの事実を踏まえると、今回、中国新聞が報じた検察が河井夫妻の自宅から押収したメモに記載された「安倍晋三氏からの2800万円を含め、安倍政権の幹部4人から現金計6700万円が河井夫妻にわたった」とすると、それが克行氏の買収原資に充てられたと考えてほぼ間違いないことになる。

初公判の直後、私は「“崖っぷち”河井前法相「逆転の一打」と“安倍首相の体調”の微妙な関係」と題するYahoo記事で、「本件への安倍首相の関与」に関して、以下のように指摘していた。

検察捜査が本格化する前から、案里氏の参議院選挙の選挙資金として、同じ選挙区の自民党候補溝手顕正氏の10倍の1億5000万円が提供されていたことが明らかになり、その巨額選挙資金提供が、溝手氏に対する個人的な悪感情を持つ安倍首相自身の意向によるものではないかとの憶測を生んでいた。その点に関して、これまでの報道と、弁護人冒陳の内容を対比すると、重要なことが見えてくる。

まず、この点に関して、以下のような事実が報じられている。

(ア)克行氏と安倍首相との面談と近接して、党本部から河井夫妻の政党支部に多額の資金が振り込まれ、それが合計で1億5000万円になっていた。

(イ)安倍首相の秘書5人が、案里氏の選挙運動の応援に、山口から広島に派遣され、「安倍総理大臣秘書」と表現するよう克行氏側からの指示が出ていた。

(ウ)克行前法相が広島県議側に現金を渡した後に、安倍首相の秘書が同県議を訪ねて案里氏への支援を求めていた。

(エ)案里氏の後援会長を務めた繁政秀子・前広島県府中町議は、昨年5月に克行氏に現金30万円を渡された際、克行氏から「安倍さんから」と言われたと証言した。

公認が遅れ、しかも、広島県連が一切応援しないという姿勢であった案里氏の選挙に向けての政治活動が、人的にも資金的にも厳しい状況にあったという実情が、克行氏から自民党本部側に伝えられたからこそ、1億5000万円もの巨額の選挙資金が自民党本部から河井夫妻側に提供されることになったことは明らかであり、それを克行氏から知らされた自民党本部執行部側の人物が、厳しい情勢を乗り越えるために、「相当な資金」が必要になると認識したからこそ、破格の選挙資金の提供が行われた。そして、人的な面の不足を補うために派遣されたのが安倍首相の秘書5人だったと考えられる。

このような状況であった2019年3月の案里氏公認から7月の参院選公示までの間に、(ア)のとおり、公認直後、選挙資金提供の前後という「極めて重要なタイミング」で、克行氏は安倍首相と、「単独で」面談し、(ウ)のとおり、安倍首相の秘書は、克行氏が現金を供与した先に、それと相前後して訪問して案里氏への支持を呼び掛けていた安倍首相の秘書が、検察冒陳で「なりふり構わず」と表現されているような露骨な現金供与のことを認識しなかったとは考えにくいし、克行氏が、現金供与の際、「安倍さんから」などという言葉を漏らしたのも、「安倍首相の名代」として行っているとの認識を持っていたからであろう。

これらの事実を総合すれば、安倍首相が、克行氏が、自民党本部から提供した1億5000万円の選挙資金を実質的原資として行った現金供与とその目的を認識し、容認していたと考えられる。

今回、中国新聞が報じたように、党本部からの破格の選挙資金1億5000万円の提供に加えて、安倍首相個人から2800万円、菅氏からも500万円の資金が提供されていたとすると、上記の1億5000万円は、大半が機関紙やチラシの作成などに使われ、一方で安倍氏や菅氏からの資金が買収資金に充てられた、すなわち、案里氏の選挙活動は自民党本部資金、買収資金は、安倍・菅氏らが秘かに提供した「裏金」によって賄われたということで、事実関係が整合することになる。

前記の(ア)~(エ)に、(オ)として、「安倍政権の幹部4人から計6700万円が河井夫妻にわたった事実」が加わることになる。

それについて刑事事件として立件することは事実上困難だったことは前記のとおりであるが、そのような検察捜査の内情は、政権側では知りようがなかったはずだ。少なくとも2800万円を提供した安倍氏は、当然、その事実を認識しており、検察当局の判断如何で、追加で立件されたり、公判の中で、事実が表面化したりすることを強く懸念していたはずだ。

安倍氏の資金提供の動機と「溝手顕正氏の落選」

安倍氏にとって、さらに深刻な問題は、克行氏側に2800万円もの資金提供を行った動機だ。

克行氏の公判では、その点に関わる重要な事実が明らかになっている。

前記記事で、以下のように述べている。

弁護人質問で克行氏は、

「案里の自民党の二人目の候補としての公認は、2議席確保が目的であり、溝手氏側から票を奪う気も全くなかった。2人当選の目的が果たせなかったので、案里が当選しても『万歳三唱』すらやらなかった」

などと供述していた。また、「2議席確保」は、憲法改正の発議のために参議院で3分の2を確保することが目的だったことを強調した。

検察官は、克行氏が、ブログでの発信を請け負う業者に宛てたメールの文面について質問した。

「期待していた通り、溝手顕正が失言してくれました。どうすれば拡散できるのか、アングラな方法がいいのではないか、あるいは、懇意な記者に伝えましょうか」という文面で、溝手氏に関する悪い噂をネットで流すことを依頼する内容だった。業者側が情報源がバレないか心配しても、「よろしくお願いします、どしどしやって下さい」と、溝手氏の悪い噂の拡散を重ねて依頼するメールを送っていた。

そして、さらに、「溝手氏から票を奪う気も落選させる気も全くなかった。」との克行氏の供述について、以下のように述べている。

しかし、「溝手氏の票を奪う気はなかった」とする克行氏の供述は全く信用できないことは、事務所関係者が、(克行氏が)「建前は自民党2議席だが、溝手さんの票を取れるだけ取ってと相談をしていた」(【第38回公判】)、「代議士は『溝手を通さんでもいい。案里が通ればいい』と大声できつく言っていた」(【第40回公判】)などと証言していることからも明らかであり、検察官の質問で示された克行氏のメールの「期待していた通り、溝手顕正が失言」との記載からは、溝手氏から票を奪い、案里氏を当選させて、溝手氏を落選させようとしていたことが強く疑われる。

この点に関連して、憲法改正発議のために、2人目の公認候補として案里氏を擁立したと強調しているのも、「溝手氏を落選させる意図」を否定するための「作り話」であろう。

同様の参議院の2人区のうち、前回選挙まで自民党と野党が1議席を分け合い、自民党が野党候補にダブルスコア以上で圧勝し、共倒れの恐れもないという点で共通しているのが広島と茨城である。

2019年参院選の茨城では、立憲民主党と国民民主党との間で候補者調整が難航し、候補者の確定が大幅に遅れた上、国民民主党は推薦を見送るなどし、選挙結果も、自民党候補が5対2の得票での圧勝だった。

2人目候補を擁立した場合の2人の当選確率は高かったと思われる茨城では、その動きが現実化することはなかったが、その一方で、なぜ、広島では、県連の強硬な反対を押し切ってまで2人目の公認候補を擁立しようとしたのか。憲法改正の発議のためとは到底思えない(そもそも、衆議院が小選挙区制となった直後の1998年参院選を最後に、自民党の参院地方区の2議席独占は全くない)。

克行氏が、「なりふり構わず」、地方政治家に多額の現金供与を行ってまで案里氏を当選させようとした動機が、「自民党公認候補2人当選」ではなく、「現職溝手顕正候補の落選」にあったことは明らかである。

安倍氏は、そのような克行氏の側に、下関の地元事務所から5人の秘書を選挙応援に派遣していただけでなく、2800万円の「裏金」を提供し、それが買収原資に充てられていた。安倍氏がそこまでして案里氏を当選させようとしたのは、過去の言動から強烈な私怨を抱いていた溝手氏が再選を果たすことで、参議院議長という首相にも対抗できる地位に就任することを阻止するためだった可能性が高い。

そのために、違法行為も厭わず、あらゆる手段を講じて、その政治家を落選させようとしたとすれば、首相辞任が避けられないだけでなく、憲政史上最長の在任期間を誇った安倍氏の政治家としての評価も地に堕ちることにつながる。

今回、中国新聞が、河井夫妻の自宅から押収されたメモに基づいて報じた事実は、2020年8月28日の安倍晋三首相の突然の退陣表明、第2次安倍政権の終焉が、実は、その直前に初公判が開かれた河井夫妻事件に大きな影響を受けていたという、平成から令和に移り変わる時期の日本政治の「隠された重大事実」を歴史の闇から浮かび上がらせることになる。

克行氏は「歴史の法廷」で証言すべき

安倍元首相は、河井事件への関与について、何一つ語ることなく、河井夫妻の初公判の直後、首相退陣を表明、その約2年後の7月8日、参議院選挙の応援演説中に、統一教会に恨みを持つ山上徹也の銃撃に斃れた。そして、その是非について国論を二分した末、岸田文雄首相の判断により、吉田茂元首相以来戦後2回目の「国葬」が営まれた。

河井克行氏は、2020年6月18日、懲役3年の実刑判決を受け、控訴したが、同年10月21日に、控訴を取り下げ実刑判決が確定し、服役した。

それから間もなく2年、来年には出所することになる。

この事件が表面化して以降、私は、河井克行氏にとって、洗いざらい真相を語ることこそが政治的・社会的復権を果たす唯一の方法だと、繰り返し述べてきた(2020年5月2日「河井前法相「逆転の一手」は、「選挙収支全面公開」での安倍陣営“敵中突破”」、(2021年6月23日「実刑3年・保釈却下で追い詰められた河井元法相、控訴審での“真相告白”に「一縷の期待」」など)。

しかし、これまで、安倍氏の関与について、何一つ語ることはなかった。

実刑3年の判決で、刑事裁判は決着し、服役した克行氏は、事件の責任のほとんどを自ら負った。しかし、社会的・政治的に極めて重大な影響を及ぼした事件の当事者として真相を世の中に明らかにする責任は何一つ果たしていない。

出所後の克行氏が、服役中に中国新聞の報道で明らかになった「安倍政権の幹部4人から計6700万円が河井夫妻にわたった事実」について、敢えて真相を語ること、それは、法務大臣も務めた政治家河井克行氏の「歴史の法廷」への証言義務と言うべきであろう。

提供元・アゴラ 言論プラットフォーム

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