2015年12月の電通社員、高橋まつりさんの過労自殺から、昨年12月の石井直社長辞任表明を通して、日本の労働環境は海外でも大々的に取り上げられた。過労死が死因として認められる国、日本」を見つめる欧米諸国の反応と、海外の過労死・過労自殺についてまとめてみた。

「ワーカホリックは日本の企業文化」

電通の過労自殺事件は日本国内はもちろん、海外にも大きな衝撃を走らせた。長年にわたり「ワーカホリック(仕事中毒)国」としてのイメージが定着していた日本だが、一部では「日本人は自発的に長時間労働に励んでいる」という曲解が生じていた。

今回の事件は日本に根付く労働環境の中核に、労働者を長時間勤務に追いこむ企業文化の影があることを、他国に広く知らしめるきっかけとなった印象を受ける。「日本人は働くのが本当に好きだね」という賞賛とも皮肉ともつかない視点から、「日本人は働かないと駄目だものね」という同情まじりの見方に切り替わったというところだ。

日本で報じられたパワハラに関してふれている報道は、ほとんど見かけなかった。「パワハラは世界共通」であるため、ニュース性が低いと判断されたのだろうか。

日本企業のコンプライアンス体制に疑問

日本では終戦から2年後の1947年に労働基準法が制定され、憲法第32条で労働時間は1日8時間、週40時間、第35条で週1日の休暇が定められている。しかし第36条では労使協定を締結し届け出た場合、協定で定める範囲内で法定労働時間を超えた労働が認められている。

海外メディアはこうした日本の労働基準法にふれ、日本にも労働基準法が存在すること説明したうえで、「長時間労働が会社への忠実心と見なされる日本では、労働基準法の存在はないに等しい」と、日本の労働環境の現状を表現している。

英ガーディアン紙は「日本では過労死が死因として認められる時代になった」と報道し、現代の先進国で過度の労働が死に結びつくという社会背景に驚愕の念を示した。米ワシントンポスト紙は「より多くの自由時間を得るために生産性を向上させる」という概念が根付いている欧米と比較し、「日本にはワーク・ライフ・バランスという言葉はない」「毎年何百人、もしかすると何千人という日本人が過労死している」と、日本では珍しくなくなった過剰労働による精神的・肉体的な苦痛を報道。「法律は遵守されなければ意味がない」と、日本企業に根づいたコンプライアンス体制に疑問を投げかけた。

「過労死(Karoshi)」という単語が存在する日本

一連にわたる報道に欧米諸国が衝撃をうけた理由のひとつに、「過労死(Karoshi)」という単語の存在がある。英語圏では一般的に「過剰労働が原因の死(death from overwork)」という表現が用いられるが、過労死そのものを表す単語はない。

筆者が調べたかぎり、日本に並ぶ長時間労働が定着している韓国では、「クァロサ」という日本語の過労死にあたる単語が用いられているようだ。だからといって日本と韓国以外の国で、過労死がまったく起こっていないわけではない。

電子機器受託生産では世界最大級の規模を誇る中国のフォックスコン・テクノロジー・グループでは、2010年の1年間に25歳以下の若い工場員18人が過労自殺を試みている。幸い一命をとりとめた女性工場員は、毎朝マネージャーに調子を聞かれるたびに「いいです!すごくいいです!絶好調です!」と強制的に返答させられた後、「私語ひとつ許されていない静寂の中で、最高12時間にもわたる長時間労働を週6日間続けるのが苦痛だった」とその心境を語ったという。フォックスコンは事件直後自社の関連性を否定する一方で、中国工場員の給与を7割近くも引きあげた。

インドネシアでは2013年、米大手広告代理店ヤング・アンド・ルビカムの女性コピーライターが、数週間にわたる深夜までの勤務の末に24歳という若さで過労死したとの報道もある。

欧州でも若者の過労死や精神的ストレスによる大量の過労自殺

有給休暇が長く労働時間が短い国が多いことで知られる欧州からも、過労死や過労自殺が報告されている。2013年8月、バンク・オブ・アメリカのロンドンオフィスに勤務していた21歳のドイツ人インターン生が、72時間の連続勤務から自宅に戻った直後に脳卒中で死亡。このインターン生の死が、当時「インターン生の平均勤務時間は20時間」といわれていた欧州の金融産業に大きな波紋を巻き起こした。

しかしそれ以前にもフランスで大規模な過労自殺が問題となっている。2008年から2009年にかけ、大手通信会社、フレンチ・テレコム(現オレンジ)の従業員37人が次々に自殺を図るという衝撃的な事件が起きた。そのうち13人は一命をとりとめたものの、24人は他界。

これらの従業員の遺書では「仕事上のストレス」が自殺の理由とされており、英インデペンデント紙に掲載された労働組合代表のコメントから、フレンチ・テレコムでは従業員の行動(トイレに行く回数、食事時間など)が逐一管理下に置かれていたこと、休憩中も電話応対可能なようにWi-Fi通信機器の装着を強制されていたことなどが判明した。当時会長兼CEOを務めていたディディエ・ロンバルド氏は、事件の責任をとり辞任した。

こうした例は氷山の一角である。日本のように長時間労働が企業文化に定着していないため、逆に外部からは気づかれにくい、見えにくいグレーゾーンになっているのかも知れないが、海外でも程度に差はあるものの長時間労働やパワハラ話は日常的に耳にする。

今回の日本の過労自殺事件を通して「過労死・過労自殺は日本独自の問題じゃない」と指摘する声も徐々に高まり始めており、労働ストレス軽減対策としてフランスでは今年「勤務時間外の業務メール禁止法」が成立。ドイツでも2014年に社会民主党が「反ストレス法」の制定を提案するなど、ゆっくりとではあるが労働環境の改善を図る方向に動き始めている。

過剰労働、パワハラを含め、精神的・肉体的苦痛に苦しむ労働者の命の糸が、今日も世界中で切れそうになっているのだ。

文・アレン・琴子(英国在住のフリーライター)/ZUU online

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