●安いから買えない、高すぎて買えない 一方、価格が定められていない豆腐は、インフレの影響で3000円もします。さすがに豆腐一丁3000円は馬鹿らしいので最近は買っていません。でも、今日スーパーAがセールで豆腐を500円で販売するらしいと聞きました。友達や親戚中にLINEしまくって、みんなで買いに行きました。4時間並んだのに、結局売り切れで買えませんでした。

そうこうしてるうちに、政府が突然、「日本人に豆腐は必須だ。法律で一律20円に決める!20円で売れないやつは国賊、資本主義者の手先!」と言い出しました。豆腐が20円になったら、原価割れしているので豆腐屋が次々に生産をやめてしまい、もうどこにも売っていません。前だったら3000円出したら買えたのに…※

※引用 お金で価値が測れないディストピア | ベネズエラで起きていること 意味不明な国ベネズエラを読み解きます  2016年3月1日

そしてこのエピソードについて「このような問題が、食料だけではなく、国の経済活動全体で起きてるのだから狂気の沙汰です。』とさらに腰を抜かすような補足がなされる。当然のことながら、配給品を違法に売買する闇市も発達する。

市場経済による価格メカニズム、需要と供給によって価格調整を行えば良いところを価格固定のような愚策を行うとどうなるか、非常に分かりやすい説明だ。文字通り冗談のような話に見えると思うが、日本のバター不足と牛乳余りもこれと似たような話ですよ、と言えばとても笑えないだろう。

配給制度は価格の固定よりさらに過激な共産主義的な経済となる。加えて、現在日本のスーパーと農家と物流企業が担っている業務の大半を国が管理する、と言えばいかに無茶なやり方か分かるだろう。しかもそれが上手くいく保障は無く、むしろ失敗する確率が高いことはバターを例に説明した通りだ。

生活必需品全般で配給制度を行うことが完全に間違いであることは伝わったのではないだろうか。

「経済成長が不幸を招く」という誤解はマスターキートンを読めば解ける。

斎藤氏は番組の中で「CO2の排出量は経済的に豊かな上位10%が半分を占める」というグラフを示して経済成長のデメリットを強く主張する。その一方で脱成長は先進国のみ取り組めばよく、開発国(発展途上国)は成長すべきとも主張する。

現在CO2の削減は世界中で進められているが、上位10%を除く残り90%が現在の先進国並みになるまで成長を認めるのなら、そして排出量が同じと仮定すれば、CO2排出量は現在の10倍となる。発展途上国に経済成長をする権利があることは間違いないが斎藤氏の主張とは矛盾する。

斎藤氏の示すグラフの出典を見るとオックスファム(OXFAM)とある。オックスファムはイギリスのオックスフォードで生まれた貧困を無くすために活動するNGOで90カ国以上で活動をしている……マンガが好きな人はオックスファムという団体に聞き覚えがあるかもしれない。

浦沢直樹による人気マンガ「マスターキートン」でオックスファム(作中の表記はオックスファーム)が登場するエピソードがある。

このエピソードでは優秀な女性社長を母に持つ少年が、オックスファムのお店でボランティアとして働いている。オックスファムには寄付された物品を販売して寄付金に変えるお店が実在する。ボランティア活動を熱心に行う少年は母親を「会社経営、つまり金儲けが好きなだけ」と大いに嫌っている。

少年がオックスファムのお店で働いている最中に店長らしき男性から、母親が交通事故にあったことについて、お見舞いに行ってはどうか?と声をかけられる。しかし少年は心配不要と素っ気ない態度を取る。よっぽど経営者の母親が嫌いなようだ。

そんな態度に男性は困惑しながらも少年を諭す。

「君、お母さんを誤解してないか? 会社経営は単なる金儲けじゃない。多くの人に働く場を与え、豊かにする…ここの活動と同じさ。」 「このところ他の安売り店に押されて、売上げは減る一方だ。三万人のボランティアが支えてくれても五百人の有給職員もいる……」 「君のお母さんのような人材がほしいところだよ。」※

※引用・参照 マスターキートン 6 完全版・コーンウォールの風 画・浦沢直樹 原作・勝鹿北星

いうまでもなくこの作品はフィクションで、男性のセリフもオックスファムの意見を紹介しているわけでも全くない。とはいえ極めて示唆に富む、なおかつ企業経営をただの金儲けと毛嫌いする少年への常識的なアドバイスでもある。そして斎藤氏が耳を傾けるアドバイスでもある。

企業経営から生み出される製品・サービスも、雇用も利益も、そしてそれらが集まった結果なされる国の経済成長も、本来否定すべき要素は一切ない。問題は違法行為で利益を上げたり問題を起こす企業だけだ。そういった企業が山のようにあるからといってビジネスや成長を否定するのは、マスターキートンの作中で語られるように明らかに勘違いだ。

斎藤氏は「技術が発展しているのにこれだけみんな働いている。色々なものが24時間動き、エネルギーを無駄にしているのはおかしい」と指摘するが、現在の技術発展はより良い商品やサービスを作ってより儲けたい、という原動力から生まれたものだ。現在の技術水準で十分と決めつける根拠は何もない。

自由な経済活動によって問題が起きるなら自由を無くして管理すればいい……これが間違いであることは歴史が示すとおりだ。経済活動で引き起こされる問題は法律とルールで防止する、それが国家間であれば条約を結ぶ、残念ながら今のところはこれがベストなやり方である、という説明になる。

そして現在のルールが間違っているのならどこを変えれば良いか具体的に提言すれば良い。例えば斎藤氏が言及する雇用に関する問題であれば、従業員に被害を与えるブラック企業を減らすには労働基準法を厳罰化する、従業員を雇用するには車の運転のように免許制とする、といったことも考えられる。

飲酒運転は厳罰化で激減したことはデータを見れば明らかで、人の人生に関わる雇用について無知なまま人を雇えるから「ウチは残業代とか有給休暇とか無いんで」と言ってしまう経営者が後を絶たない。実現不可能な脱成長を語るよりも、やれることはいくらでもある。

亡霊のように出ては消える脱成長の話はもう終わりにすべきだ。

jaimax/iStock

中嶋 よしふみ  FP シェアーズカフェ・オンライン編集長 保険を売らず有料相談を提供するFP。共働きの夫婦向けに住宅を中心として保険・投資・家計・年金までトータルでプライベートレッスンを提供中。「損得よりリスクと資金繰り」がモットー。東洋経済・プレジデント・ITmediaビジネスオンライン・日経DUAL等多数のメディアで連載、執筆。新聞/雑誌/テレビ/ラジオ等に出演、取材協力多数。士業・専門家が集うウェブメディア、シェアーズカフェ・オンラインの編集長、ビジネスライティング勉強会の講師を務める。著書に「住宅ローンのしあわせな借り方、返し方(日経BP)」

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編集部より:この記事は「シェアーズカフェ・オンライン」2023年8月9日のエントリーより転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はシェアーズカフェ・オンラインをご覧ください。

提供元・アゴラ 言論プラットフォーム

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