なぜバブルが崩壊してGDP成長率も低下してからの1990~2000年代にも貿易黒字が続いていたかは、かんたんにわかります。

日本は毎年自国で消費するエネルギー・金属資源のほぼ全部と、かなり巨額の農林水産物を輸入しています。こうした資源や物資の円建て価格は円高なら安く、円安なら高くなるからです。

なお、円安歓迎論者は「円高になると日本の製造業各社の価格競争力が下がって、輸出が大幅に減少するから、円高で輸入物資が安くなることのプラスよりはるかに大きなマイナスがある」と主張しますが、まったく実証されたことのない議論です。

日本の鉱工業生産も、もう8年も前の2015年の年間平均値を過去4~5年にわたって超えたことがありません。

しかも、次の2枚組グラフでご確認いただけるように、1ドルが125~135円だった2015年当時に比べてさらに円安の140円前後になってからは、ますます鉱工業生産の水準が下がっているのです。

こうした事態を鼻先に突きつけられて、ようやく鈍重な日本の企業経営者たちもエネルギーを始めとする原材料価格が国際市場で暴騰しているときに、わざわざ円安政策をとるのは大間違いだとわかってきたようです。

それにしても、2021年には設問の選択肢にさえ入っていなかったエネルギー価格の暴騰が、2022年に初登場していきなり2位で78.4%の得票率となったのには驚きます。

何に驚いたかと言えば、2022年度での得票率の高さではなく、2021年にはもうヨーロッパ中で天然ガス価格の爆騰に大騒ぎしていたというのに、そのときまだ選択肢にも入っていなかったという調査会社の時代感覚の鈍さなのですが。

なぜ、それでも製造業大手は円安に固執するのか

それでもなお、日銀、財務官僚、経産官僚といった人々は、強引に国民全体を窮乏化させる円安政策をゴリ押ししようとします。いったいなぜでしょうか?

もう今では優良企業とは言えない、製造業の往年の花形企業にとって円安は楽をして利益を拡大しやすい経済環境だからです。

次の2枚組グラフをご覧ください。

上段には日本の輸出数量と輸出代金の推移が出ています。2021年春ごろまでは、ほとんど一緒に動いていました。輸出数量が増えれば、輸出代金総額もほぼ同じ比率で増える、つまり輸出品の単価は日本円でほぼ固定されていたわけです。

そして、ずっと円安が進んでいた時期ですが、輸出数量が増加傾向を維持したわけではありません。ほぼ同じ水準で乱高下をくり返していただけです。

2021年の夏頃から、輸出数量は横ばいから低下気味なのに輸出代金は増える傾向が顕在化します。なぜでしょうか。

下段の輸入数量と輸入代金のグラフを見ると、この頃から資源一般、とくにエネルギー資源の価格が上がって、同じ量の資源を買うのにはるかに多額の円を必要とするようになっていたことがわかります。

おそらく、この頃までは多くの日本企業が自社製品の品質の良さより「価格競争力が弱まると輸出が激減する」という神話のほうを信じて、円安になったらそのまま輸出先現地通貨価格を下げていたのでしょう。

しかし、あまりにも大幅な原材料高で利益幅が圧迫されるので、こわごわ現地価格を横ばいに保つか値上げするようになったのでしょう。そうすると、価格競争力を失って輸出数量が激減するどころか、従来よりずっと高い利益率で売り捌けることに気づいたわけです。

まあ、現地通貨建て価格は円安に伴って下げ続けていた頃から、自社製品の輸出によって国民が買える輸入品の量は大幅に目減りしても、円安分だけ円に換算したの自社利益は増えていたのですから、こうなると輸出主導の製造業大手は大幅増益となります。

あまりにも不公平な円安による製造業の増益

しかし、この円安による製造業の増益は、どうにも不公平すぎます。まず国民経済全体のパイを小さくした上に、非製造業から製造業へ、そして勤労者から株主・経営者への所得移転が起きてしまうからです。

上段だけを見ていると「非製造業は横ばいだったのに、製造業はこんなに労働生産性が伸びている。きっと製造業各社は設備投資やR&D投資で労働生産性を高める努力をしたのだろう」と思ってしまいます。

ところが下段を見ると、非製造業各社の設備投資は2021年でかろうじて1997年の水準を超えたのに、製造業各社はいまだに超えていない、つまり製造業各社のほうが楽をして労働生産性を上げていたことがわかります。

輸入は多いけれども輸出が少ない非製造業各社は、円安による輸入物価上昇のマイナスをほとんど自社と国内消費者だけで吸収しなければならないけれども、輸出が比較的多い製造業では輸入原材料高の負担を、多少は海外の消費者にも吸収してもらえるからです。

また、製造業各社が日本で造った製品を輸出した場合も、賃金給与を中心とする人件費はすべて円建てで計算します。一方、輸出代金はおそるおそるでも円安に追随せずに現地価格を高く保てば、その差額はすべて企業利益に回ります。

こうして、次の2枚組グラフに見るように、国民の消費生活は低迷し、設備投資も回復しないのに、輸出主導の製造業中心に企業利益だけは異常なほど膨れ上がることになるのです。

もちろん、企業増益自体が悪いことではありません。ですが、勤労者には労働生産性上昇分のひとかけらさえ与えずに、全部企業利益に吸収してしまうのは強欲経営としか表現しようがありません。

超低金利が景気刺激にならないほんとうの理由

こうして、日本の製造業各社は「設備投資は少額で済むのに、利益は増え続け、当座は遣う予定のない内部留保がどんどん積み上がる」という夢のような経営環境に身を置くことになります。

当然のことながら、何かしら出費の必要が出てくれば、内部留保を充てることで悠々その資金をまかなえます。下段のグラフで、製造業各社はいかに資金を内部調達で済ますことが多いかがおわかりいただけると思います。

たとえ、製造業の有利さが製造業に従事する勤労者にも分かち与えられていたとしても、非製造業とのあいだであまりにも大きな収益力格差が円安政策によって人為的につくり出されているわけですが、実際には製造業経営者はこの利点をほぼ独占しています。

上段を見ると、そもそも製造業就業者は全民間部門就業者の約7分の1に過ぎないのですが、民間部門全体として就業者数は増えているのに、製造業の就業者数は少しずつですが減り続けています。

そして、下段に眼を転ずると、2000年には金融業を除く全産業と同じ70%強の労働分配率だった製造業は、その後どんどん労働分配率を下げ、直近の2021年にはここに取り上げた7業種の中で最低の54%にまで下げてしまったのです。