「一般競争入札」に拘った財務省主計局系の組織委員会CFO

大会運営に関する最初の発注が、今回、談合があったとされるテスト大会の計画立案業務だった。当初、特命随意契約による発注のほか、電通を中心とするコンソーシアム方式(複数の企業が「共同企業体」を組成して、一つのサービスを共同で行う方法)による発注が検討されたが、そこに立ちはだかったのが、財務省主計局から組織委員会に出向していた企画財務局長と、自動車メーカーで長く調達を担当していた同局調達部長だった。

財務省主計局というのは、予算査定の専門家だが、予算執行の現場のことを意外に知らない。長崎地検次席検事として公共調達関連犯罪の捜査に取り組むことになる直前の2000年頃、法務省法務総合研究所研究官として談合問題の研究で欧州に出張した際にお世話になった現地のジェトロ事務所長が、大蔵省主計官として諫早湾干拓工事の当初の総事業費1590億円(最終的には約2530億円)の予算査定を担当した人だった。その人と話をしていて、公共調達制度など、予算執行の実態を殆ど知らないことに驚いたのを覚えている。

また、自動車メーカーの調達というのは、規格に適合した素材、部品を発注する仕事であり、規則・基準どおりでいかにコストを下げて発注するのか何より重視される世界だ。

こういう世界の人達には、多数の競技がほぼ同じ時期に行われる世界最大のスポーツイベントの大会運営に関する業務について、穴を空けることなく確実に実績、能力がある受託業者を確保するために最適な発注方式をとる、という発想はほとんどなかったにちがいない。組織委員会の内部規則どおり、「入札による発注の原則」にこだわった。

発注方式について最終的に決定権を持つ元財務事務次官の武藤敏郎事務総長は、当時、東京五輪をめぐるエンブレム問題や、違法長時間労働の問題などで批判にさらされていた電通と契約することによる世間への「見え方」を極端に気にしており、入札にこだわる企画財務局の意見に与した。

結局、テスト大会計画立案業務は、総合評価方式の一般競争入札で発注されたが、単に、入札を公示して入札参加者を募り、競争で落札した事業者と契約するだけではすまないことは明らかだった。人気のあるメジャーな競技に応札が集まり、マイナーな競技にはどこも応札しないという可能性が否定できないうえに、同時に多数の競技を行うことから、国内のスポーツイベントに関わるリソースをバランスよく配分する必要があった。

しかも、スポーツイベントは専門的な業務の組み合わせにより成り立つため、1社でやり切ることが難しく、各業務に精通したスタッフを揃える必要がある。そのため、日常的に元請けと下請けが入れ替わることや、競合する企業とも協業することが必要になる。東京五輪大会のような巨大な国際的スポーツイベントでは、国内リソースを最大限に活用するために、得意領域の異なる複数事業者による「協業」が必要だった。

そこで、発注者の組織委員会側の総括者として、各社の実績や意向に基づいて、全競技について、責任をもって業務を実施できる事業者が「最低一社」応札してもらうようにするため「入札前の調整」を、東京五輪大会のマーケティング専任代理店の電通の協力を得て行ったのが、森氏だった。

「民間発注」であれば、そのような発注者側の意向が伝えられれば、どのような形式で発注されることになるにせよ、業務実施体制を検討し、受注の可否の意向を伝えるのは、事業者側にとって当然の対応だ。「入札での発注であれば、正式手続の前には発注者様とはお話できません」などと言っていたら、その会社の仕事はなくなってしまうだろう。発注の方法が法的に制約され違法性に留意したコンプライアンス対応が求められる「公共発注」とは全く異なる。

森氏は、実態に全く適合しない発注方法を押し付けられ、その対応に苦慮し、東京五輪大会を無事開催にこぎ着けるために、企画財務局側の「入札のみで決定すべきという建前」には反していても、実質的に合理的な方法で対応せざるを得なかった。それが、上記の被告人質問での森氏の「言葉を詰まらせての供述」の真意なのではないだろうか。

森氏は、検察官から、組織委の上層部に公式に相談しなかった理由を問われ、言葉を詰まらせる場面もあったようだ。「公式に」相談しなかった、というのは、実質的には「入札前の調整」について認識を共有していたと言う趣旨だろう。

東京都から出向していた局長の方針などもあり、一つの会場の複数の競技の業務を「一事業者」に発注することになった。そうなると、競技ごとに過去の大会運営実績、実施能力などが異なるので、複数の事業者による「協業」が不可避になる。

発注の実情に目を向けず、内部規則遵守の形式論を振り回した局長や、調整、協業の必要性が一層高まる方法を指示した幹部にも、相応の責任はあるはずだ。しかし、実際には、東京五輪大会開催に間に合わせるように、現場で必至に調整をし、何とか26会場の業務委託先を確保した森氏とその森氏の意向にしたがって業務を受注した事業者側だけが罪に問われている。

「独禁法違反の犯罪」は無理筋

この事件を独禁法違反の「不当な取引制限」の犯罪と捉えるのは、明らかに無理筋だ。

「不当な取引制限」の犯罪事実は、「共同して事業活動を相互に拘束し、一定の取引分野における競争制限すること」だ。少なくとも「事業活動の相互拘束」として、自らの行動を他の応札者の行動に合わせて制約することが必要だ。また、そのような「相互拘束性」を持った、当該取引分野全体についての「事業者間の合意」を形成する行為が、「犯罪の実行行為」ととらえられる。

しかし、東京五輪談合事件では、「協業」の話合い以外に事業者間で意思連絡が行われた事実はない。「犯罪の実行行為」としての、「事業者間の合意」が、いつ、どこで成立したのかも明確ではない。

検察官の起訴事実では、「テスト大会計画立案業務等の受託業者8社が、平成30年2月頃から同年7月頃までの間、組織委員会の事務所等において、面談の方法等により、受注希望等を考慮して受注予定事業者を決定するとともに基本的に当該受注予定事業者のみが入札を行うこととなどを合意した上、同合意にしたがって受注予定事業者を決定した」とされている。

「基本的に当該受注予定事業者のみが入札を行うこととなどを合意」という起訴状の記載は、「割り振り」されていない事業者も応札している事実を意識したものであろうが、そもそも、それは、事業者の応札が必ずしも「割り振り」に拘束されていないことを示す事実でもある。「事業活動の相互拘束」「競争の実質的制限」も生じていないのである。

検察捜査先行の事件での公取委「追従告発」の重大リスク

1990年代初頭、検察から公正取引委員会事務局(現在は「事務総局」)に出向した私が、公取委でまず取り組んだのは、公取委と検察との独禁法違反の刑事告発に向けての枠組みだった。

当時、日米構造協議でのアメリカの圧力で、日本での独禁法違反に対する制裁の強化、とりわけ建設談合への厳正な処罰が強く求められており、公取委は「告発方針」を公表し、具体的事案について告発の要否を検討する場として「告発問題協議会」の場で協議する枠組みができた。

しかし、独禁法違反事件の刑事処罰に対する公取委と検察の考え方には、大きな違いがあった。公取委には専属告発権が与えられ、不起訴の場合には、検察が法務大臣を通じて内閣総理大臣への報告する必要があることなど、告発に関して、公取委の判断を尊重する法律の規定がある。

公取委は、行政処分のための調査を行った結果、告発の基準に該当すると判断した場合に、公取委の判断で告発を行えば良い、行政処分の延長上で告発を行って、その後、その「刑事事件」をどう捜査してどう処分するかは検察に任せればよいという考え方だった。

従来から、検察は、行政官庁の告発は、犯罪の嫌疑が明白な場合に限られるべきで、告発をしようと思えば、事前に検察と協議し、「起訴の見通し」が立つ程度に検察の意向に沿った証拠収集を行わなければ、告発など行うことはまかりならぬ、という考え方だった。

1992年の「埼玉土曜会談合事件」では、「犯罪の実行行為」が特定できないことを理由に、公取委としては当然と考えていた「典型的なゼネコン談合事件の告発」は検察に抑え込まれた。検察によって、公取委の告発権限の行使を消極方向に捻じ曲げられたのが、埼玉土曜会事件だった。

当時の梅澤節男委員長が「検察が消極意見なのであれば、告発は諦めざるを得ない」として告発を断念した経緯、その後、それが、ゼネコン汚職事件での中村喜四郎元建設大臣のあっせん収賄事件での東京地検特捜部の捜査と関連することになった経緯は、拙著【告発の正義】(ちくま新書)で詳述している。

東京五輪「談合」事件では、「犯罪の実行行為」は不特定で抽象的であり、何が「一定の取引分野の競争を実質的に制限する合意」なのかも不明だ、しかし、検察は独禁法違反での起訴の方針を固め、公取委は、検察の要請に応じ、起訴事実と全く同じ事実を「告発事実」として告発を行った。それは、30年前の埼玉土曜会談合事件とは、まったく真逆の事態である。

告発をめざす犯則調査の専門部署が設けられ、それが、検察の配下に置かれ、検察の指示・要請にはそのまま追従せざるを得ない存在となった。つまり、刑事罰適用に関する限り、独禁法の運用の主導権が、独禁法の専門機関である公取委から、「刑事司法の正義」を独占する検察に移った。そして、専属告発権を有する公取委の告発が、検察によって積極方向に捻じ曲げられ、便利に使われるようになった。

それが、露骨に表れたのが、2018年に東京地検特捜部が手掛けた「リニア中央新幹線工事をめぐる談合事件」(【リニア談合、独禁法での起訴には重大な問題 ~全論点徹底解説~】【「リニア談合」告発、検察の“下僕”になった公取委】)だった。そして、今回の「東京五輪談合事件」で、それが繰り返されたのである。

独禁法違反に対する罰則を、検察が思うままに適用し、公取委が、独禁法違反の成否について十分な検討も行うこともなく追従するというようなことが恒常化することは、日本企業にとって重大なリスクになりかねない。

東京五輪談合事件、「人質司法」で逮捕後150日を超え身柄拘束が続く

東京五輪談合事件で起訴された会社のうち、セレスポとFCCの2社は「東京五輪大会の運営業務を受注する事業者として通常どおりの仕事を行っただけ、しかも、東京五輪大会の開催に全力を尽くしたのに、なぜ犯罪とされるのか」という当然の疑問から、独禁法違反の犯罪事実を争う姿勢を貫いている。

拘置所で勾留中の身でも、今もセレスポの専務取締役を務める鎌田氏は、勾留理由開示公判で、弁護人の私の「150日間の身柄拘束された中で考えてみて、今回の件で何か反省すべきと思った点がありましたか」との質問に対して、正面の裁判官を見て、「全くありません」と言い切った。

今週、鎌田氏の5回目の保釈請求を行う。

提供元・アゴラ 言論プラットフォーム

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