取調べの時から、検察官が、不当に高い利益を得ているように誤解しているようだったので、会社関係者は何回も説明したが、検察官は聞く耳を持たなかったという。結局、検察官は、それを、セレスポ関係者不在の場での「有罪印象操作」で用いたのである。

独禁法違反の犯罪の成否に重大な問題

以前、この事件を独禁法違反の犯罪ととらえることへの疑問を、Yahoo!ニュース記事【東京五輪談合事件、組織委元次長「談合関与」で独禁法の犯罪成立に重大な疑問、”どうする検察”】で指摘した。

同事件での起訴の直後に、私は、セレスポと同社専務取締役鎌田義次氏の弁護人を受任し、公判に向けての弁護活動を行っている。逮捕時から一貫して全面否認し、無罪を主張している鎌田氏は、「人質司法」によって、4回にわたる保釈請求が却下され、逮捕から150日が経過した今も東京拘置所での身柄拘束が続いている。

森氏の第一回公判の2日後の7月7日午前、東京地裁で、第一回の公判前整理手続が開かれ、同日午後、鎌田氏の勾留理由開示公判が行われた。

以下は、出廷した鎌田氏の前で、弁護人として行った意見陳述の一部だ。

勾留には、相応の嫌疑の存在と、勾留の必要性、相当性が必要であることは言うまでもありません。被告人の鎌田義次氏は、今年2月8日に逮捕され、その後、勾留・起訴されて、150日にわたって身柄拘束されています。しかし、その犯罪の嫌疑が極めて希薄で、勾留の必要性も相当性も全くないことは、検察官が証拠を開示し、公判前整理手続において、検察官が提出した証明予定事実記載書面によって明らかになっています。

本件は、東京五輪大会のテストイベント計画立案等業務の発注をめぐって、事業者間の「入札談合」があったとされ、それによって「事業活動が相互に拘束され、競争が実質的に制限された」として、独禁法3条後段の「不当な取引制限」の罪で起訴されているものです。

しかし、そもそも「談合」などというものが行われたと言えるのか、重大な疑念を生ぜしめる事実があるのに、検察官は完全に無視しています。

落札率は平均でも「62.6%」と非常に低い数字となっており、一部の競技では20%台となっています。それは、受注の「割り振り」を受けていると認識した上で応札した社も、「割り振り」を受けていない事業者或いはアウトサイダーが受注意欲を持って入札してくる可能性を認識し、価格を予定価格から大幅に引き下げたことによるもので、まさに、各事業者が徹底した競争行動を行っていたことを示すものです。「事業活動の相互拘束」も「競争の実質的制限」も全くなかったことの証左です。

本件は、「入札談合」であり、また、独禁法違反の「不当な取引制限」なのですから、当然のことながら、犯罪であることの根拠は、事業者間の「共同行為」、すなわち「事業者間の意思連絡」です。 ところが、検察官が、証明予定事実記載書面で、「本件犯行状況」として具体的に挙げているのは、以下の7つ、これらは、犯罪行為に当たるような事業者間の意思連絡では全くありません。

一つは、東京2020大会の担当でも何でもない一社員が、電通の担当幹部と会食した際のやり取りとその後のメールで、東京2020大会でのセレスポの希望競技を伝えた、というだけです。しかも、当時は発注方式すら決まっておらず、被告人やセレスポ側は、本件業務は随意契約で発注されると認識していた時期です。このようなものが、「入札談合」に関する「事業者間の意思連絡」と言えるわけがありません。

それ以外の一つは、組織委員会に出向中の社員とのやり取り、3つは、被告人の役員会、役員ミーティングでの発言、もう一つは、本件業務の発注者である組織委員会の森次長と被告人との間での、被告会社の希望競技と発注者からの入札参加依頼についてのやり取りです。

被告会社と他の事業者の意思連絡という要素は、全くないのです。

そして、検察官が「本件合意成立」と主張している事実は、被告人・被告会社が全く知らないところで行われた、発注者側の森氏と事業者の電通との間で、「受注者の割振りの一覧表を更新した」というものなのです。

このような検察官の主張を前提にすると、鎌田さんを「不当な取引制限」の罪で起訴し、150日にもわたって勾留する理由となる嫌疑が一体どこにあるのでしょうか。

この東京五輪談合事件とは、いったい、どういう事件なのか、改めて振り返り、犯罪の嫌疑がないことがあまりにも明白であること、この事件が「独禁法違反」とされるのであれば、多くの企業が受注に当たって常に摘発リスクを覚悟しなければならないことを指摘しておきたい。

「東京五輪汚職事件」から「東京五輪談合事件」へ

2022年8月、東京地検特捜部は、電通元専務で東京五輪組織委員会の元理事の高橋治之氏をスポンサー契約で便宜を図った収賄容疑、スポンサー企業経営者等を贈賄容疑で立件する「東京五輪汚職事件」の捜査に着手した。「東京五輪の闇」「電通の闇」に斬りこむことが期待された。しかし、結局、高橋氏と多数のスポンサー企業の経営者は起訴されたものの、捜査は政治家には波及せず、電通本体も摘発を免れた。

そこで、電通を含め広告代理店、イベント制作会社等によるテスト大会の計画立案業務等の受注をめぐる談合が独禁法違反の不当な取引制限に当たるとして、摘発に乗り出したのが、東京五輪談合事件だった。

組織委員会の発注は、公共的性格もあるが、法的には「民間発注」であり、どのような方式で発注するかは、発注者が自由に選択できる。競争性を重視し、入札を行って、受注を希望する業者間で競争を行わせることも可能だが、発注物件の商品、サービスの性格などから、発注者側が最も有利な発注先を選択する随意契約によって発注することも可能だ。

東京五輪大会は、60もの競技がほぼ同じ時期に行われる世界最大のスポーツイベントであり、その26の会場で行われる競技すべてについて、穴を空けることなく、それぞれの競技についての過去の実績や競技団体との関係などに基づいて、実施能力のある事業者を選定する必要がある。しかも、その準備が大幅に遅れていたことから、発注にかけられる時間に制約があった。