最新版のAIって、何ができるの?
ここで改めて、現在話題になっている生成AI(Generative AI)とはいったいどんなものなのか、どう進化してきたのか、おさらいしておきましょう。
コンピューターの歴史をひも解くと、初めは教えられたとおりの演算を正確・迅速・大量に処理するだけでした。続いて、「データの中からこういう特徴を持ったものを拾い出してくれ」と指示するとそれができるようになりました。パターン認識ができる認知型AIです。
現在のAIは文章や画像や映像、そして音声などを自分がストックしておいたデータの中から、自分で生み出すことができるようになったと言われています。それが生成AIです。
でも、具体的にはいったい何が変わったのでしょうか。じつは、驚くほど単純な変化が起きただけなのです。
これまでのAIは、プログラム言語という人工的な言葉を覚えて、その言葉でプログラムを書けなければ、だれかがつくったプログラムを使うだけで、自分の注文どおりの答えを出してくれるとは限らなかったのです。
スクリーン上の特定の場所をクリックしたり、パネル上の特定の場所を触れるだけでさまざまなアプリが使えるようになったのは大きな進歩ですが、プログラム言語を修得しなければコンピューターに自分の思いどおりの指示を出せないことは変わりませんでした。
ところが、過去2~3年で自然言語(と言ってもほぼ英語だけでしょうが)でコンピューターに指示を出すことができるようになったのです。「なんだ、たったそれだけのことか」と思われる方は、自然言語がいかに精妙で強力な道具か、ご存じないのだと思います。
自然言語でコンピューターと対話をくり返していくうちに、プログラム言語ではどうしても伝えきれなかった微妙なニュアンスを伝え「こういうものではなく、ああいうものが欲しい」といったやり取りもできるようになりました。
その結果、コンピューターに蓄積されたデータを加工する技術も飛躍的に高度化して、文章・画像・映像・音声を、まるでコンピューター自身が考えて紡ぎ出したように生成することが可能になったのです。
ですから、生成AIは手に入れた瞬間から自分の思いどおりの答えを出してくれる魔法の杖ではありません。何度も対話をくり返して徐々にピントの合った答えが出るように調整を重ねていって初めて使いこなせる道具なのです。
ただ、できること自体は、ストカスティック(厳密には違うそうですが、ランダムと考えても大きな間違いではないでしょう)に分布しているデータに確率論的な推計を施すという作業だけです。ただ、それを正確・高速・大量にやってのけるのです。
当然、使い手の知的能力を超えた答えを出せるわけではありません。人間なら思いこみや錯覚で見落としてしまいがちな答えも、きちんと指摘してくれるという利点はありますが。
「チェスや将棋や囲碁で、世界ランキングがナンバーワンのグランドマスターや、名人や、本因坊を負かすことができるのは、人間より知的能力が高い証拠ではないか」との疑問を感じる方もいらっしゃると思います。
ですが、あれはルールも手駒も有限個で、互い違いに1手ずつという非常にシンプルな動作のくり返しの中で優劣を競うので、消費電力に糸目をつけなければ、ありとあらゆる指し手をしらみ潰しに何十手、何百手先まで読む膨大な労力をかけて優位を得ているだけです。
現実社会は、ルールや持ち駒やだれがいつどんな手を使うかがまったく不確定な世界ですから、マンガ的に大幅な単純化をしなければ生成AIを企業の経営戦略策定に使うことは非現実的です。まあ、きっとだれかがやってみて大けがをするんでしょうが。
こうして見てくると、なぜAI開発の実務に携わっている人たちが、核戦争だの、ロボット兵士による人類殲滅だのといった大げさな恐怖心を掻き立てようとするのか、ますますわからなくなってきたという印象があります。
恐怖キャンペーン最大の理由は先行者利益の確保最大の理由はすでにかなり巨額の投資をして、なんとかものになる生成AIシステムを開発してしまった企業が、これ以上競合企業の数を増やさず、居心地のいい寡占状態を維持できるように「監督官庁」に圧力をかけたいということでしょう。
現在、比較的よく知られている生成AIシステムの一覧表をご覧ください。
上から3つは、オープンAI社のチャットGPTのさまざまなバージョンで、次がマイクロソフト、下から2段目がグーグルの開発したシステム、いちばん下のアンスロピック・クロードというシステムだけが、新参者という感じです。
なんとなく上から5つは信頼が置けて、新規参入者は不安なところが多そうな気がします。でも内容に立ち入ってみると、もうこの業界で大手にのし上がりつつあるオープンAI社やマイクロソフト、グーグルのシステムに問題が多く、新参者がいちばん良さそうなのです。
失礼ながら、こういうウェブサイトを主宰するAIオタクなら、自分の質問にみょうちくりんな答えが返ってくることには慣れているはずなのに、「異様」とか「でっち上げが多い」とか不穏な指摘が目立ちます。
つまり、この業界は他の業界にもましてまだまだ斬新でいいシステムを提供する新規参入者が登場するチャンスが多く、それを古参の大手は恐れているのだと思います。
次の表にも、実際に使ってみた感想とSNSでの評判はそうとう大きく違っていることが表れています。
2022年11月に公開されたばかりのチャットGPTはいちばん下の行に登場しますが、一般公開からたった1ヵ月半ほどでSNS認知度52%と非常に高くなっています。
よほど利用者の好感度も高いのかと思うと、好感した人の比率から否定的だった人の比率を差し引いた純好感度は32%と、いたって凡庸という評価です。
逆に1年間一貫して好感度の高かったAlphaCodeというシステムは、第1四半期の2%が最高であとは1%以下という低い認知度にとどまっていました。また、第4四半期に96%という驚異的な純好感度で登場したAlphaTensorもSNS認知度はわずか1%でした。
この2つのシステムを開発したDeep Mind社はグーグルの親会社であるアルファベット社の完全子会社になっているので、資金力で大きな不利があるとも思えないのですが、SNS認知度の低さは普及に対する大きな壁となっているようです。
なお、前の表でもっとも評価が高かったアンスロピック・クロードは、今年3月公開のシステムであるため、ここには紹介されていません。
ただ、アンスロピック社の主要提携先は、利用者からタダで入手したデータを広告主に売るというビジネスモデルを拒否した検索エンジン、DuckDuckGoを主宰している企業であまり巨額の利益が出るビジネスモデルではないため、知名度の競争はきつそうです。
こういう手ごわい競争相手が続々出てきては困るので、すでに大手の座を確立した企業としては、監督官庁がなるべくきびしく新規参入を制限してくれることを望んで、恐怖宣伝をくり広げるわけです。
AI開発の当事者が「AIは怖いぞー」と言って消費者をおじけづかせるもうひとつの理由は、恐怖宣伝はコストパフォーマンスが高いということです。
「これがいい」「あれがいい」「これは絶対お買い得」といった宣伝は、もう耳にタコができるほど聞いている消費者も「こんなに怖いモノは、規制なしに使わせちゃダメだ」という宣伝には敏感に反応します。
危険を未然に防ぐためにも「まず、どんなものなのか知っておかなければ」と思う人も多いのでしょう。
さらに、かなり落ちぶれてきた大手メディアでも、さすがに「この製品はいい」とか「このサービスはいい」とかの情報はそのままニュースとして掲載してくれません。料金を払って広告として出稿しなければなりません。
ところが、恐怖宣伝だとわりといい加減な内容でもそっくりそのまま記事にしてくれることもあるのです。
手ごわい競争相手のシステムは市場に出回らせないような規制を監督官庁につくらせて、自社製品は安全で無害だと潤沢な宣伝費を使って売りこむ。これは、贈収賄が合法化されているアメリカでは、どんな産業でも業界をリードする寡占企業が堂々とやっていることです。