すなわち、①ウクライナの反転攻勢が成功して、ロシアが占領した領土から撤退させられること、②両軍が一進一退の攻防を繰り広げる結果、消耗戦が継続すること、③ロシアがウクライナに打撃を与えることにより、占領地をさらに広げることである。

戦争や軍事、国際政治の専門家であれば、これら3つのシナリオ分析にもとづき、ウクライナでの戦争の行方を予測するべきであろう。にもかかわらず、我が国では、③のシナリオが、全くといってよいほど排除されているのだ。

なぜそうなるかといえば、「ロシア=悪、ウクライナ=善」の道徳的な二項対立が、想定されるあらゆるシナリオを立てて、それらを客観的に評価する作業を妨げているからだろう。国際法に違反して侵略を行い、人道の罪を犯したロシアがウクライナに勝つなどと語ること自体、道徳的に不都合であり、「破門宣告」に値する行為なのだ。

こうした道徳的自己検閲は、学者や識者に偏った戦争の分析を強いることになる。その結果、国家の適切な政策立案は歪められ、国民の知る権利も蝕まれる。これは由々しきことと言わなければならない。

望ましくない結果を考えるということ

独立系のシンクタンクが数多く存在するアメリカでは、幸いなことに、道徳主義の誤謬を逃れた、ロシア・ウクライナ戦争の分析が発表されている。ここではクインシー研究所が発表した最新の報告書から、③のシナリオに言及した部分を抜粋して紹介したい。

ウクライナの攻勢が失敗し、ロシア軍が反撃に転じ、ウクライナの領土をさらに奪取できる状態になった場合、ワシントンは既存の占領地をロシアの手に残して停戦を求めるか、ウクライナへの軍事援助を大幅に増やすかを選択しなければならないだろう。

しかし、このシナリオでは、こうした援助がウクライナのさらなる領土喪失を救うほど迅速に届くことはおそらくない。その場合、米国は、ウクライナが来年新たな反攻を開始し、それが失敗すれば再来年というように支援するか、米軍を派遣して直接戦争に介入するか(バイデン政権はこれに強く反発している)、おそらくポーランドに介入を許可するかのいずれかを約束しなければならないだろう。

例えば、ウクライナのロシア軍を攻撃するためにポーランドの空軍基地が使用されれば、ほぼ確実にロシアのミサイル攻撃が、その基地(米国かポーランド、または、両方)を襲うことになる。北大西洋条約機構(NATO)加盟国への攻撃は、ロシアとNATOを戦争の瀬戸際に追い込むことになる。また、米軍がウクライナ側に直接関与することは、中国がロシアへの本格的な軍事援助をしないことに終止符を打つ危険性もある。

ロシア軍がウクラナイ軍に打撃を与えて占領地を拡大するシナリオが、荒唐無稽であるのならば、それを無視してもかまわない。しかし、残念ながらそうではない。ウクライナ軍がロシア軍に対して劣勢を強いられるエビデンスはいくつもある。

NATOのロブ・バウアー軍事委員長は、ウクライナでの戦争について、時代遅れの装備で訓練不足だが人数の多いロシア軍と、西側の優れた武器を持ち良く訓練された相対的に小規模なウクライナ軍との戦いになるとの認識を示した。これは言い換えると、ロシア軍が物量でウクライナ軍を凌駕しているということである。このことはウクライナの当局者も認めている。

ウクライナのオレクシー・レズニコフ国防相は、4月下旬に、「我々の計算では戦闘任務を成功させるのに最低でも月36.6万発の砲弾を必要としているが、供給不足のため砲兵部隊は発射可能な砲弾量の20%分しか使用しておらず、これはロシア軍が使用する量の1/4だ」とEUに訴えていた。そして、消耗戦でモノを言うのは、兵力と火力なのだ。