同性愛者の権利のために立ち上がる

これ以上の恥はないと思うほどの恥を感じて辞職したブラウン氏だったが、時が経つにつれて、心の重荷がとれてゆき、解放された気分になっていった。

友人たち、家族や親戚の励ましや、辞任を知った名も知らない人からのたくさんの激励の手紙を得て、「もう嘘をつかなくてよい」状態に大きな安堵感を抱くようになった。

同性愛者であることがばれたら、社会的地位を失うと思っていたブラウン氏だったが、現在までに成功した投資家、エネルギー関係のアドバイス役、上院議員として新たなキャリアを築いてきた。新しい伴侶もでき、一緒に暮らすようになった。

ブラウン氏が「ガラスのクローゼット」の本を書こうと思ったのは、自分の経験を通して「同性愛者であることを公表すれば、従業員にとっても経営幹部にとってもプラスになる」、と主張するためだった。従業員の側は本来の自分として勤務でき、企業も従業員に敬意を持って経営し、多様化が進むことが促進されるからだ。

本はさまざまな統計の数字や企業で働く同性愛者の体験談を収めている。そうすることで、「理論ではなく、実用的な本にしたかった」。

「ガラスのクローゼット」によれば、米国では性的少数者(LGBT=レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダー)である従業員の44%が性的指向を隠したままであるという。英国ではこの比率は34%だ。

ブラウン氏が同性愛者であることを明確にした2014年まで、米フォーチュン誌によるトップ企業500社のCEOの中で、同性愛者であることをオープンにした人物はいなかった。

企業ができること

ブラウン氏は本の中で、企業ができることをいくつか、挙げている。

「トップが方向性を示す」、「サポート・グループを作る」、「目標を決める」、「ロールモデルを見つけ、該当人物の話を繰り返して広める」、同性愛が認められていない「保守的な国での対処法を決める」など。

英ニュース週刊誌「エコノミスト」は、「ガラスのクローゼット」が負の面を十分に指摘していない、という(2014年5月31日付)。例えば、世界には同性愛を違法とする国が70カ国以上あり、グローバルにビジネスを展開する企業の場合、同性愛者であることを公表するかしないかについては、慎重な姿勢が求められるという。

しかし、出世や昇給がはばまれる可能性や周囲の奇異の目などを考慮して同性愛者であることを公表しない従業員・経営陣がいる限り、「公表しても、生き延びた」経験談を語り継ぐことは重要ではないだろうか。その一方で、社会全体としては少数者であることから、「あえて公表したくない」という人の意志も尊重したい。

ブラウン氏の場合は、大衆紙の報道がきっかけで会社を辞任した。もし報道がなかったら、一生、同性愛者であることを公表することはなかったかもしれない。それだけ問題は深く、公表までの壁は高かったとも言えるだろう。

(ウェブサイト「論座」が7月末で閉鎖されることになり、筆者の寄稿記事を補足の上、転載しています。)

編集部より:この記事は、在英ジャーナリスト小林恭子氏のブログ「英国メディア・ウオッチ」2023年5月21日の記事を転載しました。オリジナル原稿をお読みになりたい方は、「英国メディア・ウオッチ」をご覧ください。