歴史にIFはないけれど

MFFFの総建設費は、オバマ大統領が建設を凍結した時点で約78億ドルと見積もられていた。日本円にすれば1兆円前後で、昨年度の我が国の再エネ買取り費用の三分の一にも満たない。オバマ政権はその程度の出資を惜しんで核の脅威削減のツールPMDAを反故にしてしまった。信じられない失政である。

ロシアのウクライナ侵攻後、米国のウクライナ支援総額は今年1月時点で731億ユーロ(約10兆円)と報じられており、今後どこまで増えるのか誰も予想できない。こうした有事の後の出費に比べれば、脅威のリスク回避のための1兆円は決して高くはない。

歴史にIFはないが、MFFFの建設を遅滞なく進めていれば、米露双方でプルトニウムの燃焼処分が進展し、両国の間で削減量の相互検証が実務レベルで進み始めていたであろう。核問題での両国のそうした緊密な協働作業が進展していれば、それはプーチン大統領がウクライナ侵攻などという暴挙に出ることに対するブレーキ作用を何らかの形でもたらしたのではないだろうか。少なくともPMDAの流産は、核問題に関する米露間の継続的対話のレベルを著しく低下させたことは疑う余地がない。

PMDAの成立と流産は、核軍縮は核を持つ当事国同士が協調できた時にのみに前に進み、当事者同士が協調できなければ決して進まないことを如実に示している。

欧米型民主主義国家と覇権主義国家との間の溝が深まっている今日、核を持つ当事国間での真摯な対話は不能になっている。この溝が将来埋められる方向に世界が進むのか否かは、ロシアのウクライナ侵攻がどのような形で終息するのかに大きくかかわっている。

注1)希釈処分法とは、酸化物粉末にしたプルトニウムをそれに似た性状の粉末(分離がしにくい)で希釈したうえで保護管に密封して地下深部に埋設する方法。プルトニウムとしての品位は変わらないので回収して核兵器に再利用する道が完全に断ち切れるわけではなく、米国科学アカデミーも早い時期に解体核プルトニウムの処分法の候補から排除していた。