「ターゲット」で競争を回避する

『採用する「ターゲット」を明確にしましょう』と言えば、そんな当たり前のことをと思われるかもしれないが、私が実際にアドバイスをした500社以上の中小企業で採用ターゲットを明確に語ることができる企業は1割未満だ。

多くの中小企業は、新卒採用で言えば「地元の人」「やる気がある」というレベルで止まってしまっている。

採用でターゲットを明確にするとどのような効果があるか?

例えば、終身雇用の意識が薄れている新卒者に向けて転職歓迎といった切り口があっても良い。昨今のコンサル人気は、転職時の市場価値を意識したものでキャリアアップを考えている学生には有効なセグメントだ。

プロ野球の世界で言えば、大谷選手をメジャーに送り出すことも視野に入れて入団交渉した日本ハムファイターズなどはこれに近い。採用においても転職歓迎、独立歓迎といった切り口で採用を促進している士業事務所も見受けられる。

ターゲットを明確にする際のポイントは競合が減るかどうかにある。先ほどの地元かどうかややる気は競争倍率の低下につながらないため効果が薄い。中途採用において他社が狙わない40代以上に設定したところ一気に応募が増えたケースなども同様で、ターゲットを明確にすることは採用における競争の回避につながる。

狙いを定めたからこそ見える「競争優位性」

『競争優位性を決めましょう』なんて言うと、『そんなものがあれば苦労していない』という声が聞こえてきそうだが、ターゲットを特定した採用ニッチ戦略だからこそ見つかるとも言える。 採用において「ターゲット」を市場全体に設定し、「競争優位性」をコスト、つまり賃上げに設定してしまうと中小企業は大企業に到底太刀打ちできない。

そこで「ターゲット」を絞り込んで特定セグメントに設定することによって、その特定セグメントならではの「競争優位性」が見つかる可能性が出てくるということである。

例えば、地元で生活する理由がある求職者にとっては、転勤なしは有効な魅力となり得るが、そうでない求職者にとっては大きな魅力にはなり得ない。もっと言えば、海外勤務も含めていろいろと経験したい求職者にとってはマイナスにもなり得る。

このように「ターゲット」を明確にすれば、そこに「競争優位性」が見つかる。狙いを定める、つまりふわっと全体を狙うのではなく、ターゲットを明確に絞り込むことによって中小企業ならではの違いを見つけられるということだ。

絞り込みによって対象となる母数が減ることを恐れていては中小企業の採用は必ず負ける。例えば客単価が何万円もするような三つ星レストランは、明らかに収入が高く、食事に高いお金を出しても良いと考える人だけを相手にしている。

ターゲットとしては相当に絞り込んでいるが、だからこそ高級食材や腕の良い料理人による質の高い料理を提供できる。誰でも歓迎の低価格チェーンとターゲットは全く戦略が異なる。中小企業の採用が取るべきは、誰でも歓迎のチェーン店方式ではなく客を選ぶ三つ星レストラン方式だ。言うまでも無くこれは賃金を上げれば良いということではなく、賃金で負ける部分を他の特徴で補えばよい、と言うことだ。

マイナビの調査結果でも、中小企業志望者の企業選びのポイントは、「給料の良い」の回答割合は全体より低くなっており、「働きがいのある」「社風が良い」の回答割合が全体より高くなっている。(参照・2022年卒大学生就職意識調査 マイナビ)

採用戦略の行く末

経営学者の楠木建氏は、戦略とは、競争相手との違いをつくることと言っている。ここで言う違いは「better」と「different」、つまり「より良い」か「差異」である。そして、「better」よりも「different」なポジションを取ることこそが戦略を考えるときに最も重要なポイントだと指摘する。中小企業の採用戦略で最も重要なポイントだ。

これは低賃金で都合よく雇える人を探せ、という意味では無い。そもそも賃上げの原資に劣る中小企業は、大企業と同じ「賃上げで勝負」という土俵で戦えないことは明白であり、そのためには知恵を絞るしか無い、ということだ。 人手不足、人口減少、賃上げという中小企業にとって厳しい環境の中で、今後採用において「better」が加速するのか、「different」が台頭してくるのかに注目したい。

窪田 司 コォ・マネジメント(株)代表取締役 中小企業診断士 岡山県出身、岡山県在住。香川大学経済学部卒業後に地域金融機関に就職し、経営企画部門、人事部門を経験。2014年、中小企業診断士事務所を開設・独立。2017年、中小企業向けのコンサルティング会社コォ・マネジメント株式会社を設立し、500社以上の人事問題の相談に対応。Owned Media Recruiting Journal(Indeed)、d’s JOURNAL (パーソルキャリア)等のメディアでの執筆や新聞、雑誌等への取材や協力多数。著書に『「化ける人材」採用の成功戦略』(スタンダーズ)。

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編集部より:この記事は「シェアーズカフェ・オンライン」2023年5月17日のエントリーより転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方はシェアーズカフェ・オンラインをご覧ください。