1つ目は、今までの格差とは額が異なることである。過去にも初任給に差はあったものの調査を見ると平均で1万円の差に収まっていたものが、今回の賃上げにより大きければ10万円程度の差になる。

2つ目は、コロナ禍により各種データにおいて採用意欲の低下が見られていたが、回復傾向を示した中での賃上げである。

3つ目は、採用活動のオンライン化やリモートワークが進んだため、コロナ前までの地域格差は消滅し、全国での競争に変化している。そんな中での賃上げである。

採用に苦戦している中小企業の問題の深刻化は容易に想像できる。

採用問題が及ぼす経営へのインパクト

帝国データバンクの調査では、人手不足倒産は2013年の34件から2018年の153件まで増加している。コロナ禍で落ち着いていたものの、2022年度には再度増加に転じ、前年比26.1%増の140件と採用難は企業の存続に影響する問題である。

労働市場全体を見ても、2030年には労働需要7073万人に対して労働供給6429万人になり、644万人の人手不足となっている(参照・パーソル総合研究所 労働市場の未来推計2030 2020/12/25)

このような日本の人口動態に加えて今回の賃上げである。日本商工会議所と東京商工会議所の調査によると、中小企業の約6割が賃上げ予定だが、その多くが業績の改善を伴わない賃上げとなっている。多くの中小企業が「人手不足」だけでなく、「人件費高騰」と向き合わざるを得ないということだ。

賃上げだけが正しいのか?

人材獲得のために賃上げ予定の企業は多数あるが、果たしてそれが採用につながるのか?

例えば、前年に初任給20万円の企業が初任給22万円の競合企業に負けて採用で不利に陥っていたとする。 このようなケースにおいて、昨今の賃上げで競合がさらに初任給を5万円アップした場合に3万円アップで追随したとする。当然23万円に対して競合は27万円と差は拡大している。もちろん賃金を上げないよりはましだが効果は薄いと言わざるを得ない。

では、このような人材不足の中で何をすれば良いのか?

採用とは、他社との競争であり、競争を勝ち抜くための戦略を持っていることは重要なはずである。そこでマイケル・ポーターの競争における基本戦略のフレームワークに当てはめて考えてみたい。

マイケル・ポーターは、「コストリーダーシップ戦略」「差別化戦略」「集中戦略」の3つの基本戦略のうち少なくとも1つにおいてさえ戦略が作れない企業を窮地に立った企業と呼び、苦戦を強いられるとしている。

「コストリーダーシップ戦略」とは、効率化のための設備投資や販売促進のコストを切り詰めることで低コスト体質を実現し、他の企業よりも条件面で選ばれやすくなる戦略である。価格で選ばれるという意味で、低価格の販売に対して、採用ではその逆に高い給料で選ばれやすくなる戦略であり、まさに賃上げはこの「コストリーダーシップ戦略」に該当すると言える。

「差別化戦略」とは、製品やサービスに特色を持たせ、業界の中で特異なポジションを占めようとする戦略である。採用で言うと他社が真似できないユニークな特徴を打ち出していく戦略であり、大手企業と互角に競っているメガベンチャーなどはこの戦略に該当する。

「集中戦略」とは、特定の地域などに経営資源を集中し、特定のセグメントで、コストリーダーシップ戦略や差別化戦略を実現する戦略である。採用で言うと、コロナ前の地方企業は自動的に特定セグメントを対象とした「集中戦略」をとっていた。

私が知る限り、中小企業における採用の好事例のほとんどは、競争を限定的にするターゲットを絞り込んだ採用ニッチ戦略(=集中戦略)である。