ディーゼルの欺瞞

訴訟だけではない。事業進出にも「欺瞞が許せない」性分が影響する。EV(電気自動車)がそうだ。

ダイソン氏は、父を肺と喉のがんで亡くしている。そのせいで、幼いころからディーゼル車が排出する黒い煙に、恐怖心・嫌悪感があるという。だが、ディーゼルによる大気汚染は一向に減らない。2000年頃には自動車メーカーが「ガソリンエンジンよりディーゼルエンジンの排ガスの方がクリーン」とまで主張しはじめた。ディーゼル車は、二酸化炭素の排出量こそ少ないが、より危険な窒素酸化物や微量金属は多い。そこに欺瞞を感じた。

ダイソンには、モーターとバッテリーという強みがある。空気清浄機やヒーターに関するノウハウもある。これらを活用すれば、欺瞞だらけの「クリーンディーゼル」を駆逐するEVをつくれるのではないか。そう気づいたダイソン氏は、2014年からチームを編成する。

ダイソンプレスリリースより

充電一回の走行距離目標は「960キロ」に決めた。通勤使用の人でも、年に一度はこの程度の距離のドライブをするというデータがあったからだ。

バッテリーが最大の問題だった。電気自動車の消費電力の三分の一はヒーターとクーラーが占める。空調は、ダイソンの省エネ知識を最大限活用する。充電池も、ダイソンが提供できる最高のもの……いやそれでは足りない。次世代EV電池「全固体電池」開発を進める米ベンチャー企業「サクティ3」を100億円で買収する。

結果、完成したのが、静止から時速97キロ(60マイル)に達するのに4.6秒(トヨタ プリウスは6.7秒※1)、最高速度200キロ(125マイル)、7人乗りのEV「N526」だ。

「素晴らしい出来だった」

とダイソン氏は述べる。だが、2019年10月、EV市場への参入断念を発表。理由は2つあった。

1つめは、コスト増だ。生産台数が少ないうえ、部品は特注だ。まして、ダイソンは「新参者」、部材は高額となる。製造コストを反映した販売価格は、約2490万円(15万ポンド)にまで膨れ上がった。とても「売れる」とは思えない価格だ。

2つめは、「ディーゼルゲート」により、EVの競争が激化したことだ。ディーゼルゲートとは、2015年9月に発覚した、ドイツ・フォルクスワーゲン社の排ガス量偽装だ。クルマに、排ガス検査を察知するソフトウェアを仕込み、検査中だけクリーンなガスを排出させる。検査時以外(通常の走行時)は、馬力確保を優先するため、有害物質を含むガスが排出される。ダイソン氏が嫌う「欺瞞」そのものだ。

だが、この「欺瞞」発覚がきっかけで、欧州車メーカーはEV化推進に舵を切った。彼らは、通常車とEVをミックスで販売することにより、排ガス規制を達成しつつ収益を獲得できる。大量生産により価格を抑えることもできる。価格競争に陥ると、ダイソンの「N526」の勝機は極めて薄い。

「欺瞞が許せない」ことが理由で参入したダイソンのEV事業は、「欺瞞」是正により撤退せざるを得なくなるという、皮肉な結果に終わった。

ダイソンプレスリリースより

今回の訴訟は「藪蛇」

ダイソンは、プレスリリースにて以下のように述べている。

「ダイソンは、各国及び地域において同業他社の広告表示や産業界の基準が『消費者』の利益を損なうと判断した場合には、それらの表示・基準に異議を申し立ててきました」(ダイソン プレスリリース)

これまで、ダイソンはこの通りに行動してきた。

今回の訴訟においても、パナソニックに対し金銭請求は行わない、としている。「信念通り」といったところだろう。しかし、証拠として提出した第三者機関による試験結果は、実験方法が不適切・結果に疑義がある、として退けられた。このことは、

「ダイソンの広告表示は適切に試験されているのか」

という疑念を抱かせる。また、冒頭の報道のコメント欄には、

「他社の広告に意見する暇があるなら、自社製品に時間を割くべき」

という、厳しい意見も見受けられる。信用度低下とイメージの悪化。今回の訴訟は、ダイソンにとって「藪蛇(やぶへび)」となってしまったようだ。

男性からも高い評価

ダイソンのドライヤーは、メディア・雑誌などから高く評価され、数多くの受賞をしている。意外なことに、その三分の一を占めるのは、「Fineメンズ美容大賞」、「VOCEメンズコスメアワード」、「メンズノンノ美容大賞」など、男性誌(メディア)だ。男性の美容意識が高まっている。美容家電の市場ははまだまだ広がるだろう。

競合を諌(いさ)めるまえに、その力を自社製品の強化に使ってはどうか。その方が消費者のためになるはずだ。

ダイソンプレスリリースより

【参考】 「逆風野郎!-ダイソン成功物語」ジェームズ・ダイソン/著 日経BP社 「インベンション」ジェームズ・ダイソン/著 日経BP

【注釈】 ※1 プリウスPHV(0-100km加速) 新型プリウスPHEV加速がヤバい!! 事実上プリウスの最上級グレードで400万円台でも買い – 自動車情報誌「ベストカー」