「ロレックス」を専門に扱う東京・銀座の高級腕時計店に5月8日夕方、覆面姿の複数の男が押し入り、店員を刃物で脅したうえ、工具でショーケースをたたき割って100本以上の腕時計を奪い、ワンボックスカーで逃走した。この事件では、高校生を含む16歳~19歳の4人が逮捕され、衝撃を与えている。

 関東など各地で相次いだ一連の「闇バイト強盗」でも多くの若者が逮捕されており、若者が「闇バイト」に引き込まれる実態が浮かび上がった。背景には、困窮する若年層が多いことがあるのだろうが、それだけでなく「努力しても報われない」と思い込んでいる若者の増加があることを指摘しておきたい。

 その理由として次の3つが挙げられる。

1)教育格差の拡大
2)コミュニケーション能力が必要な職種の増加
3)待てなくなった消費者

教育格差の拡大から生まれた「親ガチャ」という言葉

 まず、教育格差が拡大している。東大生の親が高収入であることは以前から知られていたが、この傾向が最近ますます強まっているように見える。たとえば、医学部の学生の場合、たとえ国公立大学であっても高収入の家庭の出身者が多い。これは、子どもの頃から塾に通わせたり家庭教師をつけたりする教育投資が可能で、私立の中高一貫の進学校に入れられるような裕福な家庭に生まれたほうが、難関大学や難関学部に入りやすいことを意味する。

 もちろん、ずば抜けた頭脳の持ち主であれば、親による教育投資がそれほどなくても高学歴を手に入れることは可能だろうが、そういう人は統計的に見てごく少数だ。多くの場合、教育投資に比例して、いい大学・いい会社に入り、結果的に高収入を手にしているように見える。つまり、親の収入格差が教育格差を生み出し、それがさらに本人の収入格差につながるわけである。

 裏返せば、親からの教育投資があまりない子どもは、将来十分な収入を得られるような教育を受けられず、経済的に苦労する可能性が高いということになる。実際、私の外来に通院している生活保護受給中の患者さんにも中卒や高校中退の方が多く、やはり十分な教育を受けられず、資格や技術を身につけられないまま社会に出ると困窮するんだなと痛感する。

 こういう状況だからこそ、最近「親ガチャ」という言葉が生まれ、2021年には新語・流行語大賞に選ばれたのだろう。この言葉に込められているのは、「自分は良い親のもとに生まれることができなかったのだから、仕方がない」というニュアンスであり、「だから、努力しても報われない」という一種の諦観につながりやすい。