過去何度も報じられた性加害疑惑
第四に、喜多川氏の性加害疑惑は過去に何度も報じられている。
筆者は「そういった変な噂がある」程度の認識だったが、今回のBBCの報道をきっかけに過去に何度も報じられていると知って腰を抜かした。
1960年代から雑誌や書籍で何度も話題になり、1999年には週刊文春の報じた内容が大きな騒動に発展し、国会でも話題になったほどだ。そして喜多川氏は週刊文春の内容について名誉毀損であると民事訴訟をおこしたが、2003年に高裁で敗訴が確定している。
景子氏は2003年の文春報道の高裁敗訴について、公式コメントで以下のように回答している。
『当時の裁判を担当した弁護士、裁判に関わった役員へのヒアリングによるとその時点でもジャニー本人は自らの加害を強く否定していたこともあり、結局メリー及び同弁護士から、ジャニーに対して「誤解されるようなことはしないように」と厳重注意をするにとどまったようです。』
事務所を揺るがしかねないトラブルであるにも関わらず、ヒヤリングによると、ようです、と他人事のように書いている。伝聞調であることから、自ら確認をしていないのだろう。取締役としての責任を果たしているとはいえず、ここでも取締役会を開いていない弊害が現れている。
仮に筆者がジャニーズ事務所の取締役だったとしたら、創業者が性加害報道の裁判で負け、取締役会すら開かれない……このような状況で経営責任を追及されたらたまったものでは無いと即刻辞める。まともなリスク感覚があればそのように行動するはずだが、他の役員も含めて経営責任の重さをどう考えていたのか?
公式コメントにあるように、喜多川氏が自ら裁判に訴えた事や本人の弁だけを根拠に性加害を無いものとして対処してきたとすれば、それは深刻なガバナンスの崩壊を意味する。未成年のタレントを多数預かる事務所としては考えられない対応だ。
役員だった景子氏が知らないわけが無いじゃないか、といった指摘も多数出ているが、メールや電話録音等の客観的な証拠が出てこない限り確認のしようが無い。現状では知っていたかどうかよりも、知らなかったこと自体が取締役として重大な責任を負っている、そしてそれは道義的責任ではなく前述の通り取締役に課せられた監視義務の責任において、と繰り返し指摘しておく。
第三者委員会の代わりにやることは?今回の公式コメントに先だって4月13日にはNHKや共同通信の取材に対して以下のように回答している。
「経営陣、従業員による聖域なきコンプライアンス順守の徹底、偏りのない中立的な専門家の協力を得てのガバナンス体制の強化等への取り組みを、引き続き全社一丸となって進めてまいる所存です」
不祥事を起こした企業が「偏りの無い中立的な専門家の協力」を得てガバナンスを強化する、通常これは第三者委員会による調査を意味する。それにも関わらず第三者委員会による調査は行わないという。ただ、第三者委員会は万能というわけでもなく、形ばかりの調査と批判されることもある。
公式コメントには代わりにやることとして以下のようにある。
『既に告発された方、また今後あらたな相談をご希望される方のために、外部のカウンセラーや有識者、弁護士や医師の指導のもと、相談をお受けする外部窓口を月内に設置致します。相談者の秘匿性を守り、客観的にお話をお聞きするため、外部の専門家の協力を得る予定です』
このやり方が果たして第三者委員会よりも客観的で中立性を確保できるのか、極めて疑問であると指摘しておく。
公式コメントで景子氏は性加害の事実関係については極めて慎重に避けているものの、名ばかり取締役とか、取締役会を開いていなかったとか、喜多川氏の行為について積極的に確認や対応をしていない事など、経営責任を厳しく追及されかねない事案についてあまりに軽率に回答をしている。
ある意味で率直とも言えるが、これらの文面から読み取れる事は、経営責任を果たしていないとかそれ以前の話として、そもそも取締役が求められる経営責任がどういうものか理解しているのか?という根本的な疑問だ。
医療機器やカメラで有名なオリンパスは過去の損失隠しが発覚して、2019年に旧経営陣が合計で594億円の損害賠償責任を負う事になった。役員報酬が高いと批判されることは度々あるが、それは責任の重さの裏返しでもある。