植田氏は日銀総裁になりたいという野心があったから、就任要請を受けたのではないと思います。金融理論の学識に優れ、しかも日銀委員7年間の体験を通じて金融実務にも通じている。「1050兆円もの国債発行残高、GDP比で2・6倍、その550兆円(52%)が日銀保有」という現代経済史に存在したことのない危機的状況からどう脱出するかに挑戦したかったのでしょう。
植田総裁は、記者会見で「金融正常化では拙速を避け、まず検証」と、述べています。欧米の金融不安が一過性ではなく、08年のリーマン金融危機並みの深刻な状況に発展するとの観測もあります。動こうにも今は動けないから「大規模緩和は維持」としか言いようがないのでしょう。
植田氏は消費者物価上昇率について、「輸入物価を起点とする価格転嫁の影響から3%程度になっている。企業の賃金設定行動の変化などを伴い、プラス幅は緩やかに拡大する」との予想を明らかにしました。
異次元緩和策を始めた黒田総裁は、「通貨供給量2倍、2年、物価上昇率2%」とのスローガンを掲げました。植田氏の言うように「輸入物価を起点とする物価上昇」(資源高、円安による)だとすると、マネタリズムの効果はなかった。植田氏は「政策、時期によって濃淡はあるが、効果があった」とも発言しています。どちらが本音なのでしょうか。
「2%上昇」をもたらす効果がでてくるものと信じて、日銀の国債購入を通じた量的緩和を続けたものですから、政治主導の財政膨張にいいように使われ、膨大な国債残高を抱える結果を招いた。マネタリズムの史上空前の「実験」だったですから、単純化した理論上の話はともかく、現実に実践した場合の理論の妥当性について検証は語るべきでしょう。
植田氏は「政策の効果と副作用のバランスは間違えないように常に注意したい」とも発言しました。当然の指摘です。もっと大きな問題は「政策の効果と費用(コスト)のバランスです。景気対策に使われる財政出動については、財源問題(増税か国債か)がつきとまうので「費用」のことは通常、政権、政府の念頭から離れないはずです。