食への渇望

タイのジャングルで捕虜たちはわずかな所持品を現地の行商人に売り、現地人が出す屋台で食べ物を買い求めた。所持品を売り尽くしてしまうと、残るはシャツとズボンの一式のみとなるが、これは寝る時にとっておくため、昼間の作業には褌一枚で出るようになった。それでまた蚊が媒介するマラリアに罹りやすくなる。

捕虜収容所では、金欲しさ、コメ以外の食料欲しさで盗みが横行していた。当然、被害者は同僚の捕虜たちである。ブーツや毛布、蚊帳はブラックマーケットで高値で取引されたため盗みの標的となった。毛布や蚊帳を盗まれ、その結果マラリアに罹った捕虜も多くいた。

大切なブーツを盗まれないように捕虜たちはベッドの上に自分のブーツを置いて寝ていたが、それがコレラ感染の拡大に繋がった。そして、コレラが発生すると、感染拡大を防ぐため日本軍は捕虜に対して川での水浴びや、現地人との接触を固く禁じた。これにより、捕虜の栄養状態と衛生状態が悪化することとなった。この悪循環の責任の一端は、日本側だけでなく捕虜側にもあったと言える。

むすび

泰緬鉄道建設工事に駆り出された捕虜たちが苦難を味わったことは事実である。だが、褌一つで骨と皮だけに痩せ細った捕虜たちの写真の裏には、このような複雑な事情が存在するのである。食料事情一つをとってみてもこのような複雑さである。それは日本軍と英国軍の文化の違いによってもたらされたものであるが、この文化の違いを英国人も日本人も長年見落としてきた。誤解は未だに解けてはいない。

急な主食の変化は人体に多大な影響は及ぼす。それは過酷な状況になればなるほど顕著になる。この教訓から1949年にジュネーブ条約が改訂された際には、捕虜には馴染みの主食を提供することが規定された。

橋本 量則(はしもと かずのり) 1977(昭和52)年、栃木県生まれ。2001年、英国エセックス大学政治学部卒業。2005年、英国ロンドン大学キングス・カレッジ修士課程修了(国際安全保障専攻)。2022年、ロンドン大学東洋アフリカ研究学院(SOAS)博士号(歴史学)取得。博士課程では、泰緬鉄道、英国人捕虜、戦犯裁判について研究。元大阪国際大学非常勤講師。現在、JFSS研究員。 論文に「Constructing the Burma-Thailand Railway: war crimes trials and the shaping of an episode of WWII」(博士論文)、「To what extent, is the use of preventive force permissible in the post-9/11 world?」(修士論文)

編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2023年4月28日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。