熱い期待に応えて発売された「トヨタスポーツ800」

いつまでも胸に焼き付いて離れない…「ヨタハチ」ことトヨタスポーツ800の非凡なる走り【推し車】
(画像=トヨタ博物館では1960年代を代表するトヨタスポーツとして、トヨタ2000GTと並んで展示されている、『MOBY』より 引用)

しかし同年の全日本自動車ショーでは、四輪車への参入を発表したホンダが、初の市販車として軽トラックT360のほか、356ccと492ccの「ホンダスポーツ」2台を展示しており、このうち492cc版が531ccへ拡大されて翌年ホンダ S500として発売しています。

当然トヨタのパブリカスポーツも展示した時から「いつ発売するのか?」という声は多く、38馬力の697ccツインキャブエンジンこそ、36馬力へリファインのうえで翌1963年10月に発売したパブリカコンバーチブルへ搭載したものの、それだけでは収まりません。

また、1963年5月に開催された第1回日本グランプリではクラウン、コロナ、パブリカが勝ったとはいえ、油断していたプリンスなどが翌年以降は本気になるなら、スポーツイメージの維持も容易ではなく(実際、翌年はパブリカ以外敗北)、新型車が求められた頃です。

そこでパブリカスポーツのスライド式キャノピーから、三角窓つきフロントウィンドウ、脱着式ルーフ、その後ろは固定式キャビンとなり、普通のヒンジドアがついた実用的ボディに変えたものの、空力に優れたデザインはそのままの市販モデルを開発。

1964年のショーで再び「パブリカスポーツ」の名で展示後、トヨタスポーツ800の名で1965年4月に発売しました。

非力なエンジンスペックだけでは語れない、その性能

いつまでも胸に焼き付いて離れない…「ヨタハチ」ことトヨタスポーツ800の非凡なる走り【推し車】
(画像=キレイな紡錘形を描くボディラインは、まるでプロペラ時代の戦闘機のようだ、『MOBY』より 引用)

エンジンはパブリカから空冷水平対向2気筒エンジンのU型を流用、ツインキャブレター化した1962年のパブリカスポーツと同様で、排気量を790ccに拡大しても45馬力と、同時期のライバル、ホンダ S600(606ccで57馬力)に大きく劣るように思えます。

しかし車重はパブリカコンバーチブルより軽い580kgでパワーウェイトレシオ12.9kg/ps、車重695kgで重いS600の12.2kg/psに迫っており、さらに最大トルクはトヨタスポーツ800が6.8kgf・mで5.2kgf・mのS600に勝り、しかもはるかに低回転で発揮しました。

ブン回せばパワフルなエンジンだけども空気抵抗が大きく、ボディも重い「ホンダスポーツ」に対し、非力なエンジンでも空気抵抗が少なく軽量な「トヨタスポーツ」と、両者のアプローチは対照的です。

一般的なユーザーにとってわかりやすいのは「馬力の差」ですが、スペック比較はそれだけでなく最大トルクも含めた発生回転数、どのように盛り上がるかのパワーカーブやトルクカーブ、重量やギア比も含めた総合的な評価が求められます。

そういう意味で、トヨタスポーツ800とは実に通好みのスペックを持つ、日本初の「ライトウェイトスポーツ」でした。