ヒロインに共感できるか?

実はこれが最大の問題だといえます。

物語では、次から次へと新しい問題が起こるのですが、これらの問題はいつでも簡単に解決されていきます。そして、ヒロインの望みはすべてが叶うのです。

まるで、魔法で全てが解決される少女漫画のようです。ファンタジー作品として見るのであれば共感できるかもしれません。しかし、現実感を期待する視聴者は、主人公に都合のいい展開の連続に「現実にはこうはいかない…」と共感しにくくなっていきました。

ヒロインのキャラクター設定も疑問を持たれています。

演じる黒島結菜さんが素敵すぎるので思わず惹き込まれてしまいますが、主人公の暢子はなかなか独特な個性をお持ちです。自分の「念い(おもい:何かを成し遂げる意志)」に対してとても正直です。このキャラクター、子ども時代、思春期時代は「ひたむきで、まっすぐ」と共感されていたように思えます。

ただ、20代を超えてもこの個性が変わっていないようです。念の強さは大人の場合は強引にしか見えない場合もあります。

実際、周りの人々の気持ちや苦悩に無頓着で、自己中心的に見えるという評論家もいます。どうやら、多くの視聴者が主人公の気持ちや姿勢に共感できなくなってしまったのです。

ヒロインのキャラクター、心理学的な正体は…

さて、主人公のこのキャラクター設定、どう理解したら良いのでしょうか?

私は、このヒロインの行動パターンから、ある世界的に著名な活動家を連想しました。それは環境活動家のグレタ・トゥーンベリさんです。

環境に対する彼女の想いはとても強く、事態を変えようという本当に強い意志をお持ちです。2018年夏に15歳で、気候変動への取り組みを求めてスウェーデン国会の前で座り込み抗議を始めた世界的に注目されるようになりました。その熱い念いは共感する支持者を集め、2020年には欧州会議で講演するなど今日でも世界的な活動を続けています。

グレタさんのドラマは、

「少女の熱い念いが世界を変える!!」

という、まさに魔法のような現実のお話なのです。

彼女の原動力は何なのでしょうか?それはグレタさんが「超能力」と呼ぶ、ある脳の特性、ニューロダイバシティ(脳の多様性)の一つです。

この特性、私も「障害」や「症」という呼び方に賛成していないのですが、一般的にはこの呼び方がよく知られてしまっているので、あえてこの言葉で紹介します。それは、「自閉症スペクトラム」です。発達障害の一つとされています。

(なお、グレタさんは2012年にアスペルガー症候群と診断されたようですが、ここでは、今日的によく使われる「自閉症スペクトラム」と紹介させていただいています。)

発達障害とは、大人として期待される社会の「予定調和」を乱しやすい特性です。子ども時代なら受容されますし、共感もされます。特に「自閉症スペクトラム」は時には「ひたむきさ」や「実直さ」が人々に感動を与えたりもします。グレタさんのように、多くの支持を集めて本当に「世界を変える」原動力にもなり得ます。

朝ドラ「ちむどんどん」もヒロインの熱い念いが周りに理解され、周りが変わり、ヒロインの願いがどんどん叶っていきます。ヒロインの念いで世界が変わるのです。

どうやら、このドラマは「日本版グレタさん」の物語として見るべきなのかもしれません。

このドラマは、ニューロダイバシティの最高の教材かもしれません!!

朝ドラ視聴者の多くはドラマに自分たちを重ねられる現実感を求め、ヒロインにも自分を重ねることでしょう。そのため、自分たちと同じ感性をヒロインにも求めてしまうのかもしれません。

ただ、グレタさん曰く「超能力」ですので、この感性に共感できないこともあるのです。実際、グレタさんは多くの称賛と支持を集める一方で、「責任ある立場にいる大人を教育する必要がある」などの刺激的な発言で多くの非難も浴びています。

なので、私には「ちむどんどん」ヒロイン暢子への視聴者の違和感は、グレタさんへの非難の声と重なるように見えます。「視聴者がヒロインの感性に共感できる」という予定調和を壊しているようなものなので、がっかりする視聴者も多いのでしょうね。

ただ、私たちの受信料を使って素敵な映像表現と豪華なキャストで制作されたこのドラマ、やはり楽しまなければもったいないです。そこで、心理学者としての提案です。

このドラマを

「グレタさんレベルで念いが強い素敵な女性が、日本で生きると何が起こるのか」

そして、

「念いが強い人を、私たちはどう理解して、共生したら良いのか」

を学ぶ機会として観てはいかがでしょうか。

「ヒロインへの共感」という感動がこの先の展開で用意されているのかどうかはわかりませんが、「日本版グレタさん」のドラマとしては、かなり斬新で練り上げられた作り込みになっているように見えます。スタッフが意図したこととは違うかもしれませんが、少なくとも今のところはニューロダイバシティを学ぶ最高の教材の一つとして楽しもうではありませんか。

ヒロイン役の黒島結菜さんはじめ素敵な俳優さんたちが織りなす非日常で文字通りドラマティックな「教材」を、今日も明日も、楽しみにできるといいですね!!

杉山 崇(脳心理科学者・神奈川大学教授)
大人の杉山ゼミナール、オンラインサロン「心理マネジメントLab:幸せになれる心の使い方」はでメンバーを募集中です。心理学で世の中の深層を理解したい方、もっと幸せになりたい方、誰かを幸せにしたい方、心理に関わるお仕事をなさる方(公認心理師、キャリアコンサルタント、医師、など)が集って、脳と心、そしてより良い生き方、働き方について語り合っています。

文・杉山 崇/提供元・アゴラ 言論プラットフォーム

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