インド洋の重要性

日本と英国の丁度中間に位置するのがインドであり、かつては大英帝国の要と言われていた。今後、インドが大陸側のロシアとの関係を維持するのか、海洋側の日英米と組むかで、海洋勢力と大陸勢力の対決、つまり民主主義陣営と権威主義陣営の対決の帰趨は決するであろう。

そもそもインドが大陸勢力のソ連・ロシアと手を結んできたのは隣国の中国やパキスタンと対峙するためである。第二次世界大戦後、帝国を失っていった英国は1968年、ついにスエズ以東からの撤退を決め、インド洋から海軍を引き上げていった。そこに勢力を伸ばしたのが、海洋進出を目論むソ連海軍であった。しかし、中国やパキスタンと対峙するインドにとっては、ソ連海軍のインド洋展開によって大いに安心感を得られたことも事実である。

英国がTPPに加盟し、環太平洋諸国と自由経済圏を形成するということは、そこへのシーレーンを守るために英海軍がインド洋に戻ってくることを意味する。

ウクライナ戦争を契機に、ロシアと対立を深める英国にとっては、英海軍がインド洋に回帰することでインドを安心させ、ロシア側から完全に引き剥がし、海洋国家陣営に引き入れたいところだろう。インドとしても、ロシアが当てにならないとなれば、日英米豪と結び中国と対抗する道しか残されていない。

このように地政学的な文脈から英国のTPP加盟を考えてみると、いま国際政治で起きている地殻変動が感知できる。それは戦後長らく続いた地政学的秩序の地殻変動である。

橋本 量則(はしもと かずのり) 1977(昭和52)年、栃木県生まれ。2001年、英国エセックス大学政治学部卒業。2005年、英国ロンドン大学キングス・カレッジ修士課程修了(国際安全保障専攻)。2022年、ロンドン大学東洋アフリカ研究学院(SOAS)博士号(歴史学)取得。博士課程では、泰緬鉄道、英国人捕虜、戦犯裁判について研究。元大阪国際大学非常勤講師。現在、JFSS研究員。 論文に「Constructing the Burma-Thailand Railway: war crimes trials and the shaping of an episode of WWII」(博士論文)、「To what extent, is the use of preventive force permissible in the post-9/11 world?」(修士論文)

編集部より:この記事は一般社団法人 日本戦略研究フォーラム 2023年4月3日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は 日本戦略研究フォーラム公式サイトをご覧ください。