「大陸」EUと「海洋」英国

EUに加盟するということは、基本的には独自の通商・関税政策を持たず、EUの規則内で生きることを意味する。つまり政治的にも経済的にも独仏を盟主とする欧州大陸の一部であり続けることになる。果たしてこれが英国の生き方かと言えば、否である。

歴史的に見ても、英国は欧州大陸に対して接近と離脱を繰り返してきたが、海洋通商国家としての生き方を確立してからは、常に世界の海に乗り出して通商を行い、国を富ます政策を採ってきた。それが行き過ぎた結果、英国の植民地主義、帝国主義が大きな禍根を残したのも事実だが、英国が海洋国家であることには変わりない。

第二次大戦後、植民地を失ったことで英国は欧州に回帰して行ったが、外交政策としては依然として対米関係、対欧州関係、対英連邦関係の3本柱を維持していた。EUを離脱した英国がまず米国と英連邦諸国に目を向けるのは当然といえば当然である。そして英連邦諸国を見た時、オーストラリア、ニュージーランド、カナダ、シンガポール、マレーシア、ブルネイがTPPに加盟している。

そのTPPを主導するのが、かつて英国の「帝国派」が同盟国として高く評価していた日本である。英国が海洋国家として、グローバル・ブリテンという新たな「帝国」に回帰しようとするならば、その対等なパートナーになり得るのは同じ海洋国家・日本しかいない。歴史と地政学からよく学んでいる英国が、日本の主導するTPPに活路を見出そうとするのはむしろ自然なことと言えよう。

振り返って見れば、EU離脱を国民投票で決める以前、英国は中国との関係を深めており、2015年にはキャメロン政権が中国の習近平国家主席を国賓として招き、英中黄金時代をアピールした。だが、これが英中蜜月のピークであった。

2016年、EU離脱が国民投票で決まるとキャメロン政権は退陣し、EU離脱の実行を託された後継のメイ政権は、急速に日本に接近していった。EU離脱後の戦略として「グローバル・ブリテン」を掲げた英国は、大陸国家の中国ではなく、海洋国家の日本を新たなグローバル・パートナーに選んだのである。

それはまさに欧州大陸の一国という立場を脱して、海洋帝国であった「大英帝国」への回帰を選んだことに他ならない。今更、英国が大陸の一部に戻るとは考え難い。技術的にも、TPPに加盟するからにはEUにはもう戻れない。

大陸国家vs海洋国家 対立への回帰

この英国の動きは、今後世界が、海洋国家群と大陸国家群に大きく二分されていくことを暗示していると考えられる。近頃はよく民主主義と権威主義の対立の構図が話題に上るが、これは冷戦時代の自由主義・資本主義と共産主義・社会主義の対立とも酷似している。だが、今回は経済体制ではなく、より価値観に寄った対立構造になっている。

実は、以前の冷戦にも言えることだが、民主主義国家と権威主義国家の性質の違いは地政学的な性質の違いに依るところが大きい。歴史的に見て、これまで世界に自由で民主的で法の支配を重んじる開放的な大陸国家が存在したであろうか。また、自由を認めず、独裁者が支配する閉鎖的な海洋国家が存在したであろうか。

通商の自由を重んじる海洋国家は、ルールを守る限り自由と権利を保障する。そうしなければ生き延びることができなかった。その結果としての民主的な統治と法の支配なのである。だが、そもそも自給自足が可能な大陸国家にはそのような発想は生まれなかったし、陸続きの異民族による突然の侵略に常に備えるため、または征服した異民族をまとめ上げるため、強権的、独裁的、カリスマ的な統治が必要であった。つまり、海洋国家と大陸国家とでは生き方がそもそも違うのである。

この地政学的な見地に立てば、ユーラシアの大陸勢力と海洋勢力は豊かな沿岸地域リムランドを巡る攻防にしのぎを削ることになる。そのユーラシア・リムランドの東西の要が日本と英国という2つの海洋国家なのである。従って、世界の自由経済のためにも、日英は大陸勢力(ロシア・中国)に従属してはならないのである。