Ramberg/iStock

研究員 橋本 量則

TPPを必要とする英国

英国は現在、経済的な苦境にある。ウクライナ戦争を契機としたエネルギー価格の高騰をはじめ、10%のインフレ率が国民生活を苦しめいている。

そんな中、今年1月にIMFが公表した2023年の経済成長見通しで、英国は-0.6%となり、経済制裁を受けるロシアの+0.3%の後塵を拝したことが英国社会に衝撃を与え、「英国の一人負けだ」と英メディアもこれを大きく報じた。当然、経済が良好だったEU時代を懐かしむ声が上がってくる。では、英国は再びEUに戻るのか。そうはなるまい。

今の英国の経済的苦境はEU離脱だけが原因ではない。それは基本的な経済学で説明がつく。マクロ的に見れば、経済というものは需要と供給で大体のことは決まる。需要が高まれば物価は当然上がるが、増えた需要の分だけ供給が増えれば、物価は元の水準のまま経済が拡大することになる。逆に、供給が減った場合、需要がそのままであれば物価は上昇するが、需要も一緒に減少すれば物価水準は保てる。だが、経済自体は縮小することになる。

英国がEU離脱を決めた時、EU諸国からの供給がそれまで通りとはいかなくなるので、短期・中期的には物価高になることは分かっていた。だが、単純な話、EUに代わる供給元を見つけることができれば問題はない。EU離脱で英国は経済政策のフリーハンドを得ることになるので、決して不可能な話ではない。

ただ、英国にとって誤算だったのは、新型コロナウイルスの世界的流行によって、供給がさらに押し下げられ、ようやくコロナ禍に終わりが見え始めたところで、ウクライナ戦争が起こったことだ。これにより、世界的に供給不足となり、食糧価格とエネルギー価格が急上昇した。

さらに、需要側に目を転じると、新型コロナ流行によって抑えられていた需要が、その分だけ旺盛になって戻ってきた。つまり、供給の押し下げ圧力は、EU離脱、コロナ禍、ウクライナ戦争の3層になり、そこでコロナ禍後の需要が一気に高まった結果、インフレ率が10%にも上り国民生活を直撃したのである。

このような経済の舵取りは非常に難しい。物価を落ち着かせたいならば、金融引き締めによって需要を冷やすしかないが、そうすると景気を悪化させてしまう。トラス政権が倒れたのは、そのような状況下で減税策に打って出て、需要をさらに喚起しようとしたからである。供給側の問題を解決しないでこのようなことをすれば、インフレに拍車をかけるだけである。

以上のような理由により、現在の英国政府にとっては供給を拡大することが急務となる。そこで、EUに復帰するのが手っ取り早いという声が上がるのも分からぬでもない。しかし、事はそれほど単純ではない。

今EUはウクライナ戦争に直面し、準戦時下と言ってよい状況にある。そこに、コロナ以前、ウクライナ戦争以前の供給を期待するのは無理ではないか。安全保障上の問題も考慮すれば、欧州以外に活路を見出すべきであろう。供給をどこに求めるかはよくよく吟味しておかなければならないということは、ロシアからのエネルギー供給に依存してきた欧州の今の苦境を見れば明らかである。