しかし、ナイチンゲールたちは、(もちろん帰らずに)どの部署の管轄にもならず、放置同然だった病院のトイレ掃除に目をつけました。病院内に入らずともできる仕事として、まずトイレ掃除を始めたのです。

次に、管轄が曖昧で、人手がなかった衣類の洗濯の仕事を始めました。すると、清潔な衣類を着ることができるようになり、病院での入院患者の死亡率は急激に改善されていきました。

ナイチンゲールたちは、圧力の強い上層部などに、こうした行動を度々拒まれましたが、自分たちでもできることを行って事態を改善し、少しずつ病院運営に関わることができるようになりました。

戦場で死亡する原因は不衛生。

彼女たちが着任した当時、入院患者の死亡率は42%まで上昇していましたが、衛生状態の改善により、3ケ月後には死亡率は5%まで改善しました。これは大変な改善です。

今でこそ常識になっていますが、病院での死者は、大多数が負傷によるものではなく、病院内の不衛生(蔓延する感染症)によるものであることが、ナイチンゲールたちの活動でわかりました。戦闘によって命を落とす兵士よりも、不衛生な環境から感染症で亡くなる兵士のほうが多かったのです。

そもそも、死因別の死亡数など、必要な統計すら当時はきちんと取っておらず、「戦死は戦闘によって亡くなるものだからしょうがないもの」という思い込みがあったのではないかと思います。その後、病院ごとに記録すべき統計の基準が設けられ、医療現場に活かされていくことになります。

このことは、ナイチンゲールのチームが作成した『イギリス陸軍の保健と能率と病院管理に関する覚書』(1858年) に記されています。ナイチンゲールが証明したこの重要な事実は、のちの看護理論として確立され、現代の看護師が必ず学ぶものになりました。

ナイチンゲールは優秀なプレゼンテーター?

また、今でこそポピュラーになった「グラフ」ですが、数字を視覚的な図で表現することを最初に行ったのは、ナイチンゲールなのです。

数字だけで説明するのではなく、視覚的にわかりやすいことが評価され、人々に受け入れられやすかったのでしょう。「文字ではなく視覚的にわかりやすい情報を入れる」というのも、今ではプレゼンテーションの基本になっています。コンピューターがない170年近く前に、すでにナイチンゲールが実践していたとは驚きです。

「統計が活用されないのは、人々が活用の仕方を知らないから」として、大学教育においても、統計の専門家を育てるべきだと考えたのはナイチンゲールでしたが、残念ながら生前にはかないませんでした。

エビデンスに基づく実践(Evidence-Based Practice ; EBP)という言葉がようやく普及してきましたが、ナイチンゲールは世界で最も統計学を実践に活かした人でもあるのです。そのため、ナイチンゲールは〝統計学の母〟ともいわれています。