宗教化した気候変動対策の悪影響

その前兆は既に2月27日の時点で浮上してきていた。同日にストックホルムで開催されたEUエネルギー運輸大臣会合の場で、ドイツのミヒャエル・トイラー運輸大臣が「本委員会は、気候中立的な合成燃料(e-Fuel)で運転される内燃機関自動車をどう扱うかについて提案すべきである」と表明した。

またイタリアのサルビーニ運輸大臣も、EUが決定しようとしているこの35年内燃機関自動車禁止法について、「EUの経済的自殺だ」と評し、それが中国に利益をもたらし欧州の自動車産業に損害を与える「イデオロギー的原理主義」だと述べたと報道されている。

確かに今や世界のEV生産・販売でトップに君臨するのは中国のBYD社であり、2位が米テスラ(それも大半が同社の上海工場で生産)であり、欧州の自動車会社の影は薄い。さらにEVに必要なバッテリー生産の世界シェアは中国が押さえており、ドイツブランドの自動車メーカーも中国でのEV、バッテリー生産計画を進めているという状況である。

EU全体で260万人ともされている自動車産業の雇用が、この内燃機関自動車禁止、EV化推進政策によって失われてしまうという危機感が迫っていたのである。

フィアット、アルファロメオ、フェラーリなどの工場を自国に持つイタリアでは、約27万人が自動車産業に直接的・間接的の雇用されているという。欧州を代表する産業国であるドイツでは自動車産業の直接雇用だけで90万人を超え、ドイツのシンクタンクIFO研究所が3月17日に発表したレポートの中では、内燃機関(エンジン)製造部門だけで2019年には約447,000人の従業員がドイツ国内で製造に携わったとされている。

さらに同レポートでは世界的に競争優位を持ってきたドイツの自動車産業がEVシフトによって比較優位を失いかねないと警告し、ドイツでは自動車産業が国内産業全体の売り上げの5分の1を占め、18年には1090億ユーロの付加価値を生み出しているという。

このドイツの基幹産業といってもよい内燃機関自動車製造を、あと12年で完全にEV産業に入れ替えることが果たして可能なのか? それはやらねばならないことなのか? そうした声が自動車産業を抱えるEU域内の国から上がってくるのは自然な流れだろう・・・というかむしろ、何で最後の土壇場になるまでそうした声が上がらなかったのか?ということの方が不思議である。

そのヒントになるのが、先ほどのイタリアの大臣のコメント「イデオロギー的原理主義」なのかもしれない。気候変動対策が宗教ともいえるイデオロギー化している欧州で、CO2を排出して走る内燃機関自動車を擁護あるいは延命しようとする発言は、中世の魔女狩りのような批判と糾弾をあびせられることになりかねないため、企業も政治家も心の中ではできない、やりたくないと思いつつ、本音を隠して口をつぐんできたのではないか。しかしそれがいざ最終決定する土壇場になって急ブレーキが踏まれたのである。

興味深いのはこの土壇場の逆転劇の直前、2月16日に、ドイツのショルツ首相がはじめて、フォルクスワーゲンのウォルフスバーグ本社工場を訪問していることである。

同社のホームページに掲載されたニュースによれば、ショルツ首相はその場で、集まった1万人の同社社員を前にしてフォルクスワーゲンは「ドイツを体現する設計図だ」と発言したという。しかし数時間にも及んだとされる首相と同社の労働者、労働組合評議員、取締役会幹部との議論の詳細は開示されていない。

ホームページでは、首相の訪問は同社にとって「我々の業界をドイツにおける競争力ある産業とし、安全で持続可能な雇用をもたらすトランスフォーメーションを成功させる新たな推進力をもらすものだった」とだけ評している。

そしてその10日後の2月27日、ドイツの運輸大臣が内燃機関自動車を禁止するEUの法案に異議を唱え始めたのである。フォルクスワーゲンを訪問したショルツ首相がどういう訴えを聞いたか、想像に難くないだろう。