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河内長野の魅力2:中世の城跡 烏帽子形城
河内長野の魅力3:高野街道 三日市宿

河内長野の魅力2:中世の城跡 烏帽子形城

中世に出逢える町・河内長野の魅力をたっぷり紹介します!
(画像=『たびこふれ』より引用)

高野街道をさらに進むと中世の山城跡である烏帽子形城(えぼしがたじょう)があります。伝承では楠木正成が築城した楠木七城と言われていますが、その前の源平合戦の頃に活躍した源行家の長野城があったという伝承もあり、定かではありません。

戦国時代には確実に記録に残っており、畠山氏や三好氏との攻防の拠点となったり、豊臣秀吉の紀州征伐の拠点のひとつとして城が補強されるなど100年以上使われていたという資料が残っています。また戦国時代の一時期はキリシタンの村が広まったともいわれています。

中世に出逢える町・河内長野の魅力をたっぷり紹介します!
(画像=『たびこふれ』より引用)

烏帽子形城の東側には高野街道が通じており、その途中の山腹に烏帽子形八幡神社があります。伝承では楠小二郎という人がここに入ると城の鎮護として社を創祀したのが始まりで、1480年に創建された本殿は1965年に解体修理が行われて、創建当時の姿に戻したもので国の重要文化財です。

河内長野の魅力3:高野街道 三日市宿

中世に出逢える町・河内長野の魅力をたっぷり紹介します!
(画像=『たびこふれ』より引用)

河内長野駅から高野街道沿いに南下するとやがて三日市宿方面に向かいます。その手前の上田地区には高札場が復元されています。ここにはかつて上田村があり、隣の三日市村とともに宿継御用「三日市宿」の形成を命じられました。当時は2村合計で30軒の旅籠があったそうです。

中世に出逢える町・河内長野の魅力をたっぷり紹介します!
(画像=『たびこふれ』より引用)

三日市宿には今は宿は残っていませんが、幕末に活躍した天誅組とのかかわりの深い油屋跡が、史跡として説明版だけが残っています。そのほか三日市町駅近くまでは古い町並みが残っており、河内長野駅そばの酒蔵通りから三日市町周辺まで、一駅分通しで歩くのがおすすめです。