② 幹部自衛官と若手自衛官のギャップ

利益団体の集団での投票行動の是非は別として、現場の若手自衛官の政治的関心が薄いことによりまとまった行動ができないことが幹部自衛官ならびに退官した現職議員の方々からは政治のうえでの大きな障壁として理解されている。

先に断っておくが、自衛隊は国家公務員であるうえ、その職務柄、非政治的であることが求められる。一方で高次で行政に関わる幹部自衛官や元自衛官の議員職にある者が、現場の自衛官の代弁者として機能することが難しい現状は好ましいとはいえない。ましてや自衛隊は労働三権が認められていない存在であることから、非政治的でありながらも政治に対して関心をもつことは重要である。またこれまで自衛官の中でシェアされてきた湾岸戦争での経験に由来する自衛隊の在り方論も、現場では全く聞かれない。

かつては「主たる任務」である国の防衛を志して入隊する者が多かったが、現在の若手の自衛隊員は先述の「従たる任務」を志し、入隊してきた者が多いと、元一等空尉は話して下さった。それにより、以前はオペレーションの可能範囲の拡大を自衛隊は求めていたが、現在は既に記したとおり、現場としても「業務を増やさないでほしい」という意見も強いそうだ。

そうした中で自衛隊がかつて政治へのコミットメントのうえで目的としていたオペレーションの範囲の拡大は現場レベルでは求めることがなくなった。

変わる自衛隊――政治との関わり方

有事の際に自衛隊が円滑にオペレーションを行うためには平素より地方自治体との関係性の構築が不可欠である。殊に災害時の対応については行政と自衛隊が密にコミュニケーションをとり、計画を策定していく必要がある。しかし実情として、自治体によっては自衛隊とのこうした協議を拒否し、対応策が練れず、やむを得ずその地方への災害対応が遅れたという事例があったという。

前段において、阪神淡路大震災を自衛隊への認識の変化として挙げた理由として、このときの災害対応における失敗が、自衛隊と政治の関わりの重要性を認識せしめたためということができる。

というのも、震災の発生時刻が1月17日の5時46分であったが、本格的な災害出動が行われたのは午前10時の兵庫県知事の要請に基づいて姫路の部隊が出動したことによって始まった。そして実際に神戸での救助活動が始まったのは午後1時過ぎ、地震発生から7時間以上経ってのことだった。

また震災当時に永田町において政治の中心を担っていたのは過去に自衛隊に対して否定的な態度を示し続けていた社会党党首の村山富市首相であったことから、村山首相が出動要請をためらったのではという批判も噴出したが、実態について反論もある注4)。これら一連の災害対応について当時の兵庫県知事であった貝原俊民氏は自衛隊との交信ができなかったことを批判している注5)。

現在は阪神淡路大震災でのこうした事実や、東日本大震災で自衛隊が災害救助において多大な貢献をしたことが世間に認知されていることから、そういったケースは見られなくなってきたというが、依然として自衛隊と政治の関係性の構築の問題はわずかながら存在する。

また逆の問題も存在する。すなわち政治家が自衛隊を自己の政治活動のPRに利用するケースである。例えば災害派遣の際に、食事の配給の時間だけに現れ、隊員とともに配給を行うようなパーフォマンスを行う政治家もいるという。また実際のオペレーションについて地元選出議員が指示を行い、支障をきたすといったことも指摘された。。

最後に

以上のことから、自衛官、幹部自衛官、元自衛官の現職・元職議員のそれぞれの立場から問題意識が異なるかたちで出された。

現場の自衛官からは給与待遇やパワハラ対策において改善が見られた一方、設備の老朽化の問題や、労働環境においては外国軍比でいまだ働きにくいのが現状の問題点として挙げられる。オペレーションの拡大については幹部自衛官とは異なり求めず、むしろ業務を増やさないことを求めているというところで、自衛隊内でも隊の在り方や方向性をめぐって一枚岩ではないことは既に指摘したとおりである。

また災害派遣といった「従たる任務」のオペレーションが拡大することによる部隊の疲弊や民業圧迫が現状の問題である。政治アクター、殊に都道府県知事との関わり方はその観点からより慎重であるべきであるし、その他自治体の長にも政治利用をされない注意が必要だ。それと同時に災害派遣のために密に連携をとるべきであり、このあたりは非常にバランス感覚が求められるだろう。

現在、世界の安全保障環境が乱れ、日本の安全保障について国民が関心を寄せている中にある。自主防衛機関の自衛隊はそうした中で日本の安全保障の主アクターとなる。現在、争点として挙がる敵基地攻撃能力や防衛費引き上げの議論と合わせ、やはり自衛隊そのものの在り方について国民が関心を寄せることも必要ではないだろうか。

私自身、自衛隊の労働環境はどうあるべきか、自衛隊の災害派遣はどうあるべきか、行政との関わり方はどうあるべきか、対外活動はどうあるべきか、様々な争点があることを今回の研修において認識した。国民の間でもこれらの争点について議論することが求められる。

注1)「業者に任せれば」届く批判 自衛隊の任務はどこまで?:朝日新聞デジタル (asahi.com) 注2)災害派遣は自衛隊の「主任務」ではない…国防に支障をきたす可能性も – MAMOR-WEB 注3)同上。 注4)阪神大震災。なぜ自衛隊出動が遅れたか (2ページ目) | PRESIDENT Online(プレジデントオンライン) 注5)同上。

市川 広大 埼玉県熊谷市出身。松下政経塾42期生。慶應義塾大学を卒業後、慶應義塾大学院法学研究科、東京大学大学院総合文化研究科にて修士号を取得。修士(法学)、修士(国際貢献)。専攻は国際政治、国際社会科学。現在は松下政経塾において南西諸島、対馬、台湾、インドにて、日本の安全保障や国際協調について調査・研究を行う。7th Batch Gen-Next Democracy Network 日本代表。