■ 専門家の暴走例

「〜すべき」を主張した専門家の暴走例として記憶に新しいのが、日本の「コロナ専門家有志の会」による東京五輪の無観客開催の提言でした。

東京五輪の直前、コロナ専門家有志の会は、当時の世界の常識に反するように「東京五輪は無観客開催が望ましい」と主張した結果、権威を無批判に信用した日本の世論は一色に染まり、東京五輪の無観客開催が決定されました。しかしながら、五輪直後の「人流」と「感染」にはまったく相関性は認められませんでした。

当時の専門家は、今では誰もが認識している「コロナの流行は変異株の発生によって生じ、人流とは無関係に収束する」という流行のプロセスを帰納的に認識することができず、「コロナの流行は気の緩みによって生じる」という非科学的俗説を本気で信じていたのです。

もしも当時に専門家が「気の緩み」なる非科学的な認知操作を継続的に行っていなければ、何の問題もなく五輪を有観客で開催できていたものと考えられます。当時のコロナ第5波の感染者数は第6波・第7波と比べれば、圧倒的に少なかったと言えます。そもそも当時ですら、RINZENもプロ野球も日本競馬会のレースも有観客で開催されていました。不合理なことに専門家は東京五輪だけに限って無観客を求め、権威論証に無抵抗な日本国民はその不合理な要請に対して無批判に従ったのです。

ちなみに当時、日本よりも圧倒的に感染者数が多かった米国では、MLBのオールスターゲームで盛り上がっていました。大谷翔平選手の活躍を期待して中継やダイジェストを観た日本国民は、スタジアムに詰め掛けた米国の大観衆が、マスクをすることもなく声援を送る姿を目にしていたはずです。

■ 日本国民を苦しめる気候正義

先述したように真の気候正義は理に適った正義です。しかしながら「気候正義」という言葉の悪用は正義に反する結果を招きます。

東日本大震災後、当時の菅直人首相は、脱原発と脱炭素社会と電力自由化による環境配慮が普遍的な善であり、その実行こそが正義であるかのように主張し、原発の停止、FIT制度の法制化、電力自由化の拡大と発送電分離というエネルギー政策の大改革を行いました。

しかしながら、この気候正義を振りかざした大改革はことごとく日本国民を苦しめる大改悪になったのです。

まず、原発停止による化石エネルギーの輸入拡大によって毎年数兆円の国富が産油国に流れると同時に温室効果ガスの排出量が増加しました。FIT制度により再エネのシェアは高まりましたが、再エネは供給力が天候によって激変するため、バックアップ電源である火力発電が空焚きして待機することになり、結果として、温室効果ガスはほとんど削減できませんでした。電力部門の温室効果ガスの排出量は2011年比でほぼ横ばい状態です。電力部門だけでも温室効果ガスのネットゼロは程遠い目標なのです。

FITによって利益を得たのは、ソフトバンクの孫正義社長のような潤沢なキャッシュフローを操作できる再エネ業者と太陽光発電システムを導入する余裕がある1割の富裕層でした。一方で9割の日本国民には再エネのメリットはほとんどなく、ひたすら再エネ業者と富裕層を補助するために、高額の再エネ賦課金を支払い続けています。まさに再エネ導入によって貧しい者から富める者へ富の移動が進行中したのです。

また、電力自由化によって、再エネのバックアップ電源にもなっていた石油火力発電所が再エネとの価格競争に敗れていくつも閉鎖しました。これによって天候不順時に供給力不足が発生することになり、卸電力取引所の流通量が減ることで電力料金が深刻なまでに高騰したのです。当然のことながら、この電力逼迫によって国民の生命維持に直結する停電リスクも増大しています。

さらに深刻なのが、環境アセスメントを必要としないメガソーラーの乱開発によって、自然景観が大規模に損なわれると同時に、パネル設置個所の法面掘削によって山体斜面の力学的安定性が損なわれて斜面崩壊が続発していることです。エネルギー密度が低い再エネは広域にわたって豊かな日本の自然を破壊しているのです。このような大規模な環境破壊を前提とする電源が持続可能なわけがありません。

■ 気候正義の罠

菅直人首相のエネルギー政策の大改革の弊害は現在になって顕在化していますが、実際には最初からほぼ予測されていました。しかしながら、気候正義という名の下に「原発は悪」「再エネは善」とマスメディアに擦り込まれてしまった日本国民は警鐘を聴く耳をもたなかったのです。

そんな中、最近の電力逼迫やエネルギー価格の高騰によって、多くの国民がマスメディアの呪縛から解放され、気候正義の象徴的存在であった反原発や再エネ拡大に疑問をもつようになりました。ここにきて、原発再稼働や再エネ批判は【聖域 sacred cow】ではなくなり、合理的な国民的議論が可能となったのです。

今後は、『気候正義の罠』と題したエントリーを不定期に投稿し、気象データの時空間統計解析等を交えながら、気候変動問題について積極的に論じて行きたいと考える次第です。