そもそも平等というのは人生において公平であるということである。

努力次第でなにでもなれる。自分の人生を自分で選択できる公平な社会が平等な世の中だ。その意味ではシングルマザーの家庭に育ったが大学を出て国会議員になってる立憲の中谷さんとか共産の山崎さんがいる日本は平等な社会といえるだろう。

人生の選択をやり終えて寝たきりの高齢者と、まだまったく人生の選択もしていない子どもを同等に扱うのでは、明確に不公平である。偽善者の皆さんは「命は高齢者でも子どもでも同じ」と主張されるが、私は命の平等、公平という視点から私は子どもの命を優先するべきと考える。

ところが支配するのに都合が良かった儒教の考え方が江戸時代から染みついている日本や韓国では欧米先進国では想像だにできない優先順位が普通だと思っている人が多い。たとえば映画で有名なタイタニック号の事故。

欧米なら「女と子どもを優先に」ということで避難が始まる。弱い者を守るということであれば高齢者もそうだが優先されない。若い女性はこれから子どもを産む可能性があるし、子どもはまだ人生が始まったばかりだ。種を守るために当たり前の行動だ。

では日本で同じ事が起きたらどうなるか。間違いなく、

お年寄りから優先して避難を

という偽善の声が起きる。当の高齢者からも起きるだろう。

実際にこれが起きたのが韓国のセウォル号で、高齢者を優先して避難させてたくさんの高校生が死んだ。韓国では2013年まで10代の死亡原因第1位は日本と同じ自殺だったが、この事故で2014年の10代死亡原因第1位は運輸事故となったくらいである。

もうね。人道主義を身にまとった偽善は止めて欲しいんです。成田先生を批判できるのは代案をはっきりと口にできる人に限ってください。

リベラルを笠に着た偽善では日本は破滅しますよ。いい本です。

編集部より:この記事は永江一石氏のブログ「More Access,More Fun!」2023年2月24日の記事より転載させていただきました。