イラストや文章など、AIの進出が止まりません。特に2022年はMidjourney(ミッドジャーニー)やChatGPT(チャットGPT)など、優れた性能を持つコンテンツ生成AIが相次いでリリースされ、大きな話題になりました。

こうしたクリエイティブ分野のAI生成ツールについては、クリエイター側が「自分たちの権利を侵害するのではないか」という懸念を表明する一方で、作業の手間が省けるなどクリエイターにとってのメリットも指摘されています。では、これから制作に積極的にAIを取り入れていきたい、という場合、クリエイターとしてはどんなことに気をつけるべきなのでしょうか。

AIに詳しい弁護士の出井先生に「AIとクリエイターの共存」について聞いてきました!

出井 甫(いでい はじめ)
骨董通り法律事務所弁護士。内閣府知的財産戦略推進事務局参事官補佐。エンタテインメント法務が専門。主にアニメ、ゲーム、AI、ロボット、VR業界の方をサポートしている。実はドラマーでもある。(Twitter:@hajime_idei)

聞き手:紀村まり(ぽな)
こたつとお布団、コーヒーをこよなく愛するフリーライター。法学部出身のはずが、なぜか卒論のテーマは村上春樹であった。やれやれ。(Twitter:@ponapona_levi)

目次
AIを使う側が気をつけなければいけないこと
AIを使った作品を販売する場合の注意点

AIを使う側が気をつけなければいけないこと

ぽな:
便利なAIツールが続々と登場する中、AIを作品づくりに取り入れる方も増えると思うんです。ただ、AI創作物には著作権が発生しないなど、非常にややこしい問題があるということですね。

では、実際に我々クリエイターがAIツールを活用していく場合、トラブルを避けるためにはどんなことに気をつければよいのでしょうか。

出井:
まず、著作物性の問題についてですが、自分の著作物として保護したいのであれば、AIが生成した作品には全体的に人の手を加えることが重要だと考えています。

そうすることで、「AIが生成した作品だから著作権は発生していないのでは?」という問に対して、「いえ、AIは道具であり、私が創作した作品ですから私の著作物です」という説明ができるようになるからです。自己防衛のためにも、できた作品については全体的に加工を加えることを、一選択として念頭に置いておくことが望ましいといえるでしょう。

ぽな:
できた作品に著作権が発生しないとなると、パクられても文句言えないですもんね。

でも先生、加工の程度ってどれくらい必要なんでしょうか。たとえば人物イラストだったら、腕の形や向きを修正するとか、その程度の加工でもセーフなんですか?

出井:
どれくらい加工するべきか、というのは非常に難しい問題なのですが、やはり「全体的に」手を加えるというのは、ひとつポイントになるのではないでしょうか。少なくとも「自分が手を加えたところの範囲については、AI以上に私が貢献している」といえる程度の加工はするべきだと思います。

というのは、腕の向きを変えたところで、画像の一部、たとえば加工していないバストアップをそのまま使われてしまった場合はどうなりますか? 「そこは人の手が入っていないので、著作権は発生していません」と言われてしまうと、こちらとしては文句を言えないということになってしまいます。

ぽな:
なかなか厳しいですね……。

出井:
文章であれば、単に誤字脱字チェックしただけとか、文末の表現だけ変えるというやり方では難しいでしょうね。また、文章についてもなるべく部分的なパクりに対応しておきたいのであれば、やはり全体に手を加えるように意識する必要があると思います。

自分の表現をまんべんなく広げてあげる、全体を見渡して内容を監修し、加工するイメージでしょうか。そうすれば、仮に一つひとつの監修作業やパーツに創作性がなくても、全体の組み合わせにはその人の個性が出てきますので。

ぽな:
うーん、となると、もう作品全体に手を加えないとまずいって話になってきませんか? それこそ「AIは下書き程度に使う」くらいのスタンスでいかないと。イラストでも文章でも、AIの作ったものをちょっと手直しするくらいの加工だと厳しそうです。

出井:
現在の法律を前提にすると、それくらいやった方が安心だろうと思います。

ぽな:
なるほど……。逆に、自分が加害者になってしまう場合、たとえばAIを使ったことによって、誰かの著作権を侵害するリスクについてはどうでしょうか。

出井:
ここでも加工の程度がポイントになります。AIによって生まれた作品に自分のオリジナル性を加えることで、他の人の著作権を侵害するリスクも軽減できますから。

ぽな:
自分なりにアレンジすることで、誰かの作品と似ないようにするということですね。

出井:
「誰かの作品に似ないようにするAI」というのも考えられるんですけど、それはもう事業者の問題で、ユーザー側で何か対策するのは難しいですから。だから、他者の著作物とは似ない方向へ加工・変更していくことが、一番やりやすい対策かなと考えています。

もちろん、それでもほかの誰かの作品に「たまたま」似てしまう可能性はありますが、その場合は誰かの作品をもとに作ったとは言いづらい。そうすると、著作権侵害になる条件のひとつ「依拠性」がないということで、著作権侵害リスクを低減することにつながると思うんですよね。(依拠性については前回の記事で詳しく解説しています)

ぽな:
できあがった作品にオリジナルの要素を加えていくことで、万が一誰かの作品に似てしまっても著作権侵害になりにくくなるわけですね。

出井:
あとは画像関係ですと、画像検索も使えるツールです。できあがった画像をアップロードして、似ているものがネット上にないか確認しておく。それだけでもリスク軽減につながると思いますよ。

また、作品を生成する前にできる対策としては、「プロンプトに特定の作品や作家、キャラクターの名前を入れない」というのもあげられます。たとえば、画像生成AIに打ち込むプロンプトに特定のマンガのキャラクター名を入れれば、そのキャラクターのイラストが出てくることはある程度予想できますよね。

ぽな:
たしかに、高い確率で他人の著作権を侵害する作品ができそうですね……。

出井:
あとは、これは著作権に限らない話なんですけど、一つひとつの単語に問題がなくても、くっつけることでヤバい作品ができる可能性が高いという単語の組み合わせがあります。「人物名+悪魔」とか。そういう単語を組み合わせたプロンプトを打ち込むと、できた作品は当然高い確率でヤバいものになりますよね。

ぽな:
ですよねえ。クソコラじゃないですけど……。

出井:
そうなってくると、名誉毀損や肖像権侵害といった、著作権侵害以外の問題が生じる可能性があります。当たり前の話ですが、まずい結果が予測されるような言葉はプロンプトに使わないようにしておきましょう。

AIを使った作品を販売する場合の注意点

ぽな:
それにしても、ここまでAIツールが普及すると、今後制作にAIを使っているクリエイターがクライアントと取引をする機会も増えてきそうですね。

AIを補助的に使うケースもあれば、メインで使うケースもあると思うんですけど、実際にクライアントと契約を結ぶ上で気をつけなければいけないことって何かあるのでしょうか。

出井:
今だと補助的にAIを使って作品を作るケースが多いと思いますので、基本的には従来通りの取引をしていただいていいのではないでしょうか。

ただ、補助的な使用とはいえ、AIを使って制作していることをクライアントが想定していない場合もあると思うんですよね。「あなたの手で生み出される作品」を期待して依頼しているケースです。

ぽな:
そうですよね……。著作権のこともありますし、クライアントとしても、その人に作品を作ってほしいということで依頼をしているわけですから。クリエイターがAIで作った作品を納品してしまうと、いろいろと問題がありそうです。

出井:
自動校正ツールを使う程度でしたら問題はないと思いますが、メインの作業をAIにまかせてしまうと、クライアントとしては「えーっ、あなたが作っていると思ったから契約したのに」となるかもしれないですよね。となると、契約の前提条件が違う、ということで契約の取り消しを主張されてしまう可能性があります。

あと、これは何度も言っていますが、AIの使い方によっては作品に著作権が発生していない可能性もありますから。

ぽな:
全体的に加工していれば大丈夫でしょうけど、加工の程度によっては作品の著作権が認められないかもしれないんですよね。

出井:
はい。納品された側は作品に著作権がある前提で契約しているのに、「AIが作ったので著作権はありませんでした」となったら、欠陥品と言われてしまってもおかしくありません。

ぽな:
うーん……。それはかなり危ういですね。

出井:
それどころか、クリエイターはクライアントと利用許諾契約も結べなくなりますよね。だって、著作権がないんですから。なので、著作権が発生していないのに「ある」と宣伝したり、あるという前提でクライアントと取引をしていたような場合には詐欺として訴えられてしまう可能性もあると思います。

ぽな:
ひぇぇぇ! 作品のライセンス料をもらっていたりしたら、さらにやばいことになりそうです。

出井:
そうですね。そういうリスクもありますので、制作にAIを使っている事実や使用するAIツールについては取引交渉の段階で、きちんと伝えておいたほうがいいと思います。もし、作品に著作権が発生しない可能性があるのなら、そのリスクも理解してもらう必要があるでしょう。

ぽな:
そう考えると、正直に伝えておいたほうが無難かもしれませんね……。