重要なことは「職人が機嫌良く働けること」

「時代に遅れ続ける」だから持続可能 京都の老舗鞄メーカー「一澤信三郎帆布」悟りの経営とは
(画像=職人の作業の様子、『DCSオンライン』より引用)

より具体的には「人間の持つ力」が、それといえるのかもしれない。鞄づくりに当てはめるなら、帆布の匂い、帆布の手触り、帆布の色、帆布加工で発生する音…作り手が心から満足できる、まともなものづくり。それは五感を総動員して初めて成し遂げられるーーそう確信しているからこそ、それらを難しくしたり、阻害したりすることは、微細なことでもできる限り排除する。そうした姿勢が、結果的に時代や世相に流されない、同社のものづくりの確固たるスタイルの醸成につながっている。

「みんなが機嫌よく働けるのが一番」。飄々と受け答えする一澤社長が唯一力を込めたのが、人材育成に関する質問へ向けられた、この言葉だ。これを実践するためには、工房と店舗が隣接している必要がある。なぜなら、常に職人と顧客の表情を、代表自身がその目と耳で確認する距離感が大切だからだ。このこともまた、同社が規模を拡大しない理由だろう。

メーカーにとって真の持続可能とは

「時代に遅れ続ける」だから持続可能 京都の老舗鞄メーカー「一澤信三郎帆布」悟りの経営とは
(画像=一澤信三郎社長、『DCSオンライン』より引用)

「うちの商品は3世代にわたって愛用してくれる人もたくさんいる。修理できることに驚かれることもある。海外で製造していると、そもそも修理は物理的に難しいだろう。繊維も化繊だと、傷んだらおしまい」と一澤社長は、効率化と拡大路線から抜け出せなくなっているものづくりの現状をクールに分析する。

製造業はいま、「遅れられない」とばかりに持続可能であることに躍起になっているように見える。まるでそれが製造業としての時代の最先端であるかのように…。だからこそ、1905年の創業時から変わらず、ものづくりの理想を追求し続ける同社が、結果的にその先頭を走っているようにみえるのは痛快だ。

コロナ禍ではもちろん、販売機会が激減した。「時間がたっぷりあるから」と一澤社長が提案したのが、顧客宛の手紙だ。何気ない一言から「一澤だより」を制作、5万人に向けて郵送した。撮影も文章もイラストもレイアウトも、すべて社内のスタッフだけで手づくりしたというこの冊子は、顧客から喜ばれ、多くのお礼状が届いたのだという。数ヶ月かけて作るために、これまで2号のみの発刊だが、120周年に合わせて3号めを出す予定だ。

「どうすれば、持続可能なものづくりができるのか?」。そんな質問を一澤社長に投げかけるのは、どうやら愚問でしかなさそうだ。

提供元・DCSオンライン

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