日本では5度目の正直で物価が急騰したのはなぜ?

さて、実質賃金が横ばいから下落の範囲内で推移してきた日本では幸いにも、過去4回のユーロ危機は上昇に転じかけていた物価上昇を下落に引き戻し、経済停滞下の物価高という事態を避けるのに役立ってきました。

ところが、次のグラフでご覧いただけるように、ユーロダラー危機5が襲来するや否や、消費者物価が急上昇しました。

日銀の量的緩和も異次元緩和も景気活性化にはまったく役立たないだけではなく、インフレ率を恒常的に2%以上に保つという公約さえ果たしていなかったわけです。

そして、これまで4回のユーロダラー危機は、日本経済に関するかぎり物価鎮静化に貢献してくれていました。

しかし、残念ながら5回目のユーロダラー危機は、日銀の公約である2%以上どころか、その2倍の4%を軽々と超える消費者物価上昇率を達成してしまったのです。

いったいなぜ、これまで4回のユーロダラー危機とは正反対に5回目のユーロダラー危機は日本の消費者物価をこれほど急激に引き上げてしまったのでしょうか。

3つの理由があると思います。

まず、これまで政府と日銀が延々と追求してきた自国民窮乏化の円安政策が、ついに実を結び、日本国民はどうしても必要なエネルギー・金属資源や農林水産物の輸入にこれまで以上に高い円価格を支払わなければならなくなったことです。

さらに、化石燃料を全廃して「再生可能エネルギー」に頼るという、とくにヨーロッパ諸国で優勢な「緑の革命派」の主張が徐々に実現しはじめ、希少性の高まった化石燃料の価格が急上昇したことです。

3番目は、ヨーロッパ諸国がエネルギー資源、農林水産物、肥料などで大きく依存してきたロシアとの関係をこじらせ、今や宣戦布告無き交戦状態に至っていることです。

この3つの要因のうち、円安政策は国民が自覚してこうしたバカな政策をやめて、円高を志向する政権を選べば、改善できます。

ですが、第2、第3の要因は残念ながら、日本国内に解決策はありません。

どちらも、これまで比較的良識あるスタンスを取ることが多かったヨーロッパ諸国が、経済のじり貧化によって、自暴自棄的な政策判断をすることが多くなったことに起因しているからです。

こういう風潮に染まったヨーロッパの金融業界人たちに世界全体の通貨供給量の調節弁を委ねておくことはとても危険です。

トンネルの先に見えてきた薄明かり

ですが、どうやら金融取引に傾斜しすぎたユーロダラーが世界の通貨供給量を決めるという危険な状態から脱却する展望も見えてきました。

次のグラフをご覧ください。

2022年、世界は明らかにユーロダラー危機5に突入していたのに、これまで4回のユーロダラー危機では起きなかったことが起きていました。

1件当たりの取引額は横ばいでしたが、取引件数が増加したために、CHIPSの取扱総額がかなり顕著に増加していたのです。これまで見たことのなかった事態です。

理由としては2つ考えられます。

ひとつは債券市場は大暴落、株式市場も日本流に言えば大発会(その年最初の営業日)の終値が結局は年間最高値というベア相場の中で、アメリカの投資家が海外に振り向ける資金量が従来より多くなり、CHIPS経由の取引が増えたことです。

さすがに最近では、アメリカの金融市場がひどいからと言って海外に向ける資金の大半がヨーロッパになだれこむことはなくなりました。少しづつでも新興国や東アジアに向かう資金量が増え、それがユーロダラーにおけるヨーロッパ優位の構造を崩していくでしょう。

もうひとつは、身から出た錆とは言え、ヨーロッパ諸国では化石燃料価格が急激に上昇しているけれども、どんなに高くなっても背に腹は代えられず生き延びるためにエネルギー資源を買う量はあまり減らせていないことです。

こちらは、ユーロダラーの中で金融市場の中で循環する資金に比べて、実需に向かう資金が増えていることを意味し、世界全体で金融業界ばかりが儲けて、実物経済は低迷が続くという構図を打ち破るきっかけになるでしょう。

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編集部より:この記事は増田悦佐氏のブログ「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」2022年2月10日の記事を転載させていただきました。オリジナル原稿を読みたい方は「読みたいから書き、書きたいから調べるーー増田悦佐の珍事・奇書探訪」をご覧ください。