ほとんどの国の景況はユーロダラーに左右されている
さらに、多くの国々、とりわけ経済活動が盛んな国で、ユーロダラーが潤沢に供給されているときには好景気、絞りこまれているときには不景気になる傾向があります。
たとえば、次のグラフをご覧いただくと、アメリカの民間金融機関の融資担当重役は、融資スタンスを絞るか、緩めるかをユーロダラーの供給量に応じて決めていることがわかります。
貯蓄貸付組合危機やハイテクバブル崩壊は、アメリカ国内の経済情勢が緊迫してまずアメリカから投融資の緊縮化が始まり、それが世界に波及してユーロダラーの供給量も絞りこまれたという印象が強いです。
世間的には、2007~09年の第1次ユーロダラー危機も「サブプライムローン崩壊」とか「リーマン・ブラザーズ破綻」と呼ばれたアメリカ金融市場の波乱がもたらしたと思われがちです。
でも、実際にはその前にユーロ圏諸国の中で「ギリシャ国債だけは担保価値を低めに見る」という決定があり、ギリシャ国債を担保に資金の貸し借りをおこなっていた企業間で突然資金繰りが逼迫したのがきっかけなので、やはり第1次ユーロダラー危機と言うべきでしょう。
さらに、第2次から第4次までのユーロダラー危機は、アメリカ国内では「過熱もせず、悪化もしないちょうどいい景況が続く」という意味でゴルディロック経済と呼ばれていた時期に起きています。
2010~12年の第2次ユーロダラー危機は「地中海クラブ」とも呼ばれたギリシャ、イタリア、スペイン、ポルトガルの国債に関する破綻懸念が深刻化したことに端を発しています。
2014~15年の第3次ユーロダラー危機は、2014年にアメリカのCIA主導でウクライナの親ロシア政権を倒すクーデターが勃発した直後から、国際情勢の緊迫を懸念してユーロダラーの供給が細ったのが主な要因でした。
2016~18年の第4次ユーロダラー危機は、2016年に僅差ながら国民投票でEUからの脱退を決議したイギリスとその他EU諸国との交渉が結局妥協点を見い出せず、けんか別れ的な決着になることへの懸念が高まったことが発端となっています。
こうして見ていくと、諸外国に滞留している米ドルを代表するかたちで「ユーロ(ヨーロッパの)ダラー」と呼ばれただけなのに、この在外米ドルの供給量の増減には、ヨーロッパの政治・外交・経済情勢が深くかかわっていることがわかります。
これは、意外に内弁慶なアメリカの金融市場関係者が、自分の資金を海外で運用してもらおうとすると経験豊富なヨーロッパ先進国の専門家に頼ることが多く、彼らはどうしてもヨーロッパ圏内の情勢をもっとも切実に感じているという要因が大きいでしょう。
融資を絞れば製造業は低迷する当たり前のことですが、融資担当者が緊縮気味のスタンスを取れば、企業活動全般、とくに設備投資や原材料購入に多額の資金を必要とする製造業の景況は大きく落ちこみます。
先ほど見ていただいたアメリカ民間金融機関の融資担当重役のスタンスとそっくりに、製造業購買担当者の景況感も、新規受注も落ちこんでいます。
なお、アメリカのような先進国は国民経済に占める製造業の比率が低下しているので、こうした締め付けによる被害はあまり大きくなりません。ですが、中国のようにまだまだ製造業の比重の高い新興国では、もっとはるかに大きな被害が出ます。
アメリカではほぼ同水準の中での上下動でしたが、中国の場合全体として右肩下がりの中でユーロダラー危機が起きるたびに深刻な低下が見られるという違いにご注目ください。
このグラフの中にも書きこまれていますが「昨年末ゼロコロナ政策を廃止したから、今年の中国経済は急反発するだろう」という観測は、資金繰り面から見てかなり甘い見通しだと思います。
先進諸国中央銀行の量的拡大は的外れ幸いなことに、まだ世界政府も世界中央銀行もありませんから、ユーロダラーを管理監督している中央銀行もありません。
それではユーロダラーの供給量調節はだれが、どうやっているのだろうと思うと、景気のいいときには信用チェックが甘くなって供給量が増え、景気が悪くなると信用チェックがきびしくなって供給量が減るという、完全な市場追随型の世論形成が調節弁になっています。
「そんなことではさぞかし乱脈でいい加減な調節しかできないだろう。過去20~30年金融危機の勃発頻度が上がったのは、ユーロダラーが世界中のマネサプライ量を決めるようになったからに違いない」と判断される方もいらっしゃるでしょう。
ですが、皮肉なことにこの市場追随型の供給量決定は、きちんとした法律にのっとって「通貨供給量と物価水準の安定化に努める」と規定された世界各国の中央銀行よりははるかにマシな実績を持っているのです。
たとえば、アメリカの中央銀行である連邦準備制度が国際金融危機が勃発し、拡大した2007~08年に採った金融政策は、次のように支離滅裂なものでした。
まず、慌てて大手金融機関などが破綻しないように現金通貨の供給を激増させます。
ただ、その拡大が経済全体を潤すほど循環することは拒否して、「資金がだぶついているから民間銀行は余剰資金を連邦準備銀行の口座に準備の増額として入れ、財務省も一般会計から連銀口座に入れておく預金を増やしなさい」と指示したのです。
そもそも現代経済では現金通貨の供給量を増やしても金融機関がノーリスクで利ザヤを稼ぐことに使われるだけで、実体経済を活性化させる効果が薄れているというのに、この指示はめちゃくちゃです。
もっとひどいのは2008~19年まで連邦政府の借金を増やさせながら「量的緩和」を続けた効果がまったくと言っていいほど出ていなかったのに、2020年春の第1次コロナ騒動以降は、連邦政府の借金の増やし方がさらに急激になったことです。
なぜ実体経済の活性化には寄与しない連邦政府の借金増と金融市場への現金供給をこれほど続けるのでしょうか。
これはもう、連邦準備制度自体が金融機関の総意を代弁すべく政府に送りこまれた利権集団だと考える以外に説明のしようがないでしょう。