- 結びの議論
この後、3頁近くにわたる長い「結語」が載っているが、内容的にはこれまで書いてきたことの再掲なので、ここでは繰り返さない。
要約すれば、人類が化石燃料に依存する世界は当分なくならず、2050年までの「ネットゼロ」(カーンボンニュートラル)など夢物語であるから、化石燃料を効率的に使うための諸研究(燃焼や内燃機関の研究)にもしっかり予算を投じて進めるべきであるとの主張である。
評者の考察と主張筆者は基本的に上記の主張に賛成する。現実問題として、人類が化石燃料依存を脱却するまでには長い年月がかかるだろうし、幸か不幸か、化石燃料は簡単には無くならない見通しであるから。また、交通その他での「脱炭素化」、具体的には「電動化」には、本論文で指摘されるような、質的にも量的にも大きな問題がある。当分は化石燃料を大切に使いながら、時間をかけて化石燃料依存からの脱却を少しずつ準備する以外に、選択肢はなさそうに思われる。
遠い将来、化石燃料が枯渇すれば、残る一次エネルギー源は、今のところ再エネか原子力しかなく、両方とも主な出力は電力なので、二次エネルギーとしての電力の有用性が変わることはない。
水素やアンモニアは二次エネルギーとして電力に比べて使い勝手も効率も数段劣るから、これらが主たるエネルギー媒体になる世界は、決してやって来ない。故に、交通機関もいずれは電動化されるしかない(化石燃料枯渇後の世界では脱炭素など問題にならないし、役にも立たない水素・アンモニアなど、誰も見向きさえしなくなるはずだ)。
しかし本論文で指摘されるように、今すぐ自動車を全面的に電動化することには、種々の問題がある。特にバッテリーをめぐる資源・環境問題は重要で、資源採掘とそれに伴う環境汚染、使用・廃棄後のリサイクル技術開発など、越えなければならない壁は高い。これもまた、時間をかけて、少しずつ進むしかないだろう。
将来的には、無線送電などの技術が進めば、バッテリーへの依存度を下げられるかも知れないが、現状ではリチウムイオン電池が重要なため、国際的なリチウム資源の争奪戦が始まっている。ただし、バッテリーは所詮「エネルギー貯蔵器」に過ぎず、本質的な問題は「一次エネルギーをどう確保するか」なので、「リチウムを制するもの世界を制す」とはならない。
また「パワー半導体」で日本が世界をリードできるなどと囃し立てる向きもあるが、これはバッテリーから駆動力を生み出す際のメカに関連するもので、高性能なものが開発されるのは望ましいとしても、その根本には動力源となるバッテリーまたは送電技術、またその元の電源そのものが問題なので、根本と枝葉末節を混同してはならない。
一方で、本論文で指摘されている、燃焼に関する研究の重要性にも目を向けたい。ものが燃える「燃焼」は、身近なありふれた現象だが、実際には化学反応と物質・熱移動が同時進行する非常に複雑な現象で、研究も奥が深い。
研究に必要な要素や関連する分野として、本文でも触れているが、化学反応速度論、モデリングのスキル、(燃料その他の)物質の合成化学、触媒などが挙げられ、非常に幅が広い。無論、実験や計測にも高度な技術が求められる。防火・防爆等の防災面でも、社会的意義が大きい。
身近な例で言えば、有機物が不完全燃焼する際に発生する「すす(煤)」は、実体が詳しく解明されていない。つい最近、奈良県の高校生と京大生との共同研究で、定説を覆す「すす」の生成メカニズムが発見されたりしている。すすの生成過程は、エンジンからの排ガス浄化の面でも重要で、世界中で盛んに研究されている。当分は、これらの研究を「オワコン」扱いすべきではない。
また、自然環境における山火事その他で「生の」植生が燃える際に、どの程度燃焼し、どの程度の煤が生成するかは、CO2や煤(→大気汚染)の発生量予測に強く影響するはずだが、広範で精密な測定やモデリングは、未だなされていないだろう。ここでも、基礎的な実験・計測等を伴う地道な研究が重要になる。このように、燃焼の研究には、まだまだ十分な存在意義がある。
本論文でも述べられているように、英国で現在36万台あるBEVsを1000万台まで増やしても、削減できるCO2は交通分野の4.9%に過ぎないが、内燃機関の改良が進めば、台数が多いので電動化以上の削減効果が期待できる。脱炭素を目的としても、電動化だけが選択肢ではない。
以上、連載記事のまとめとして、本論文で述べられている事柄の多くは、エネルギー問題を直視するなら当然考慮すべき内容であり、今後のエネルギー・環境政策を議論する上でも基本的な前提とすべきである。また、燃焼やエンジンの研究者も、この論文の著者に倣い、より積極的に社会に向けて研究の意義を発信すべきであろう。
【関連記事】 ・「ネットゼロなど不可能だぜ」と主張する真っ当な論文① ・「ネットゼロなど不可能だぜ」と主張する真っ当な論文② ・「ネットゼロなど不可能だぜ」と主張する真っ当な論文③ ・「ネットゼロなど不可能だぜ」と主張する真っ当な論文④
ビジネス
2023/02/08
「ネットゼロなど不可能だぜ」と主張する真っ当な論文⑤
関連タグ
関連記事(提供・アゴラ 言論プラットフォーム)
今、読まれている記事
もっと見る