このリベラリズムを展開する上での大前提となっているのが、ジョン。スチュアート・ミル J.S.Millが提唱した【危害原理 harm principle】です。人はそれぞれ自分が求める善を選択して幸福を得る【自由権 civil liberties】を持ちますが、その自由権の行使によって他の人に危害が加われば正義は実現されません。そこでミルは「他の人に危害を及ぼす自由を国家が制限できる」としました。

例えば、窃盗行為は、先述したように、個人の価値観によれば善にもなり得ますが、他の個人に危害を加える行為であるので正義の行為とは言えません。ここにロールズが主張する「善に対する正義の優越」が必要となるのです。日本国憲法における「公共の福祉」も危害原理の一つです。

但し、危害原理を適用して自由を制限するにあたっては、違憲審査基準の【LRAの基準 Less Restrictive Alternative】がそうであるように、明確な根拠を必要とし、慎重であることが要求されます。

なお、ここでいう「リベラリズム」とは、人間の自由権を尊重する「純粋な自由主義」を意味するものであって、政治的統制を弱めて経済的統制を強める[政治的イデオロギー]である「政治的リベラリズム」とは異なるので留意が必要です(経済的統制は結果の平等を実現しますが、同時に機会の不平等を実現します)。当然のことながら、日本において「政治的リベラリズム」を自称する「リベラル政党」や「リベラル知識人」の「似非リベラル」とは全く異なります。

反リベラリズム

個人が多様な価値観を平等に選択することを可能とする「善に対する正義の優越」を基本理念とするリベラリズムに対立する義務論として、「正義に対する善の優越」を基本理念とする【モラリズム moralism】と【パターナリズム paternalism】があります。

「モラリズム」とは、特定の善を絶対視しその善を強制する、あるいはその善に反する善を悪と見なして禁止する義務論です。これを法律で規定する場合には【リーガル・モラリズム legal moralism】と言います。例えば「コロナワクチンの接種は良い行為なので強制する」「飲酒は悪い行為なので禁止する」といったようにその行為自体を良い/悪いと絶対的に判断して強制/禁止するものです。

「パターナリズム」とは、特定の善が当事者に良かれと考えてその善を強制する、あるいは特定の善が当事者に悪いと考えてその善を禁止する思想です。例えば「コロナワクチンの接種は当事者の身体を守る良い行為なので強制する」「飲酒は当事者の身体を壊す悪い行為なので禁止する」といったように、良かれ/悪かれということを絶対的に判断して、判断能力がない当事者に行為を強制/禁止するものです。

共産主義国家や宗教国家といった唯一の教義を信仰する国家では、モラリズムあるいはパターナリズムに基づく法律が多く存在します。いずれにしても指導者による善悪の判断が無謬であることを前提にしていますが、それは論理的・倫理的・審美的に不可能です。

<事例1>日本共産党の民主集中制

<事例1a>産経新聞 2022/09/17

共産党の志位和夫委員長は17日、東京・渋谷の党本部で党創立100周年記念講演を行い、「対米従属」と旧ソ連や中国による干渉などを否定した昭和36(1961)年の党綱領を重視する姿勢を強調した。上意下達の党指導部の独裁を可能にすると批判されてきた組織原則「民主集中制」を堅持する方針も示した。(中略)

志位氏は規律を破る分派主義は絶対に許さないなどの観点から、「民主集中制の原則を守り、発展させることが何よりも大切だという教訓も引き出した」と語り、今後も堅持する方針を明らかにした。

<事例1b>日本経済新聞 2023/01/23

共産党の志位和夫委員長は23日、現役の党員が党首公選制の導入を求めていることについて党規約違反との考えを示した。同党の機関紙「しんぶん赤旗」が21日付で「規約と綱領からの逸脱は明らか」と題した論評を掲載した。志位氏は「的確な内容だ」と語った。

共産党の現役党員の松竹伸幸氏は19日に都内で記者会見し、党員の直接投票による党首公選制の実現を訴えた。志位氏は2000年に委員長に就いた。20年以上にわたって在職しており「国民の常識からかけ離れていると言わざるを得ない」と主張した。

党規約では党大会を「2年または3年の間に1回開く」と定める。代議員による選挙で中央委員を選出し、中央委員の中から委員長ら幹部を決める。

日本共産党の志位和夫委員長が20年以上も在任していることを問題視した日本共産党員の松竹伸幸氏が「党首公選制」を主張したところ、『しんぶん赤旗』編集局次長の藤田健氏が「党の意思決定は、民主的な議論をつくし、最終的には多数決で決める」「決定されたことは、みんなでその実行にあたる」「党内に派閥・分派はつくらない」という民主集中制を組織原則として明記(第3条)しており、「党首公選制」という主張は、規約のこの原則と相いれないものと主張しました。

これは「リーガル・モラリズム」による【人の支配 rule of man】による【法治主義 Rechtsstaat】です。統治者と意見が異なる被治者が統治者になり得ない日本共産党の意思決定システムは【民主主義 democracy】ではなく【専制主義 autocracy】であり、【民主集中制 democratic centralism】なる破綻したマジックワードを根拠に民主主義を装っているだけです。

共産党で被治者が統治者になるには、統治者が専制する唯一の派閥に属することが必要であり、統治者の価値観に従わなければ幹部に抜擢されません。「民主的な議論を尽くす」のであれば、党首公選制という「異なる善」も議論の対象にする自由主義を認めた上で、民主主義の精神に基づいて議論を行うのが妥当です。

過去において、民意によって成立している安倍政権を独裁政権と徹底的に批判しながら、民意を反映しない共産党の専制体制に同意している共産党員は極めて残念な存在です。松竹伸幸氏の問題に対し、小池晃書記局長は「党のルール、党の内部の問題だ。党の中で議論していく性格になる」とし、田村智子政策委員長は「党の見解の通りというか、論文の通りだ」としています。

誰もがこの専制体制を認識していながら、自分の地位を守るために声一つ挙げられないと考えるのが蓋然的です。声を挙げれば、松竹伸幸氏のように反党行為として認定され、政治的に排除されることを誰もが知っているからです。異見の持ち主を次々と粛正したロベスピエール・スターリン・毛沢東等が行った【恐怖政治 terror】と同じ手法です。

<事例2>反アダルトビデオ

<事例2>共同通信 2022/05/22

アダルトビデオ(AV)出演被害防止・救済法案の今国会での成立に反対するデモが22日、東京・新宿駅東口の広場で行われた。参加した一般社団法人「Colabo」代表仁藤夢乃さんが、法案では依然、性交を契約内容として認めていると批判し「根本的な被害防止のためには、撮影時の性交を禁止することが必要」と訴えた。

仁藤夢乃氏は、アダルトビデオにおける性交を悪としてその禁止を求めました。これはリーガル・モラリズムです。また、AV出演を「被害」と断じていますが、成人の自由な意思に基づく行為を禁止するのはパターナリズムです。自由の責任を負うのは自由の行使者です。被害原理の乱用は市民の自由権を侵害することになります。

<事例3>女性の社会運動蔑視

<事例3a>藤田孝典氏 twitter 2023/01/16

私なんかより仁藤さんら若年女性が社会活動にかかわることは、何倍、何十倍も大変。 だから繰り返すが、沈み行く日本で女性が社会活動するのはおすすめしない。勝手に滅びるから関わらなくていい。 でもやるからには大変だが、私の何倍、何十倍も努力してくれないと変わらないのが日本。

<事例3b>仁藤夢乃氏 twitter 2023/01/16

この人(藤田孝典氏)、このツイート見ても、社会変える気ないよね。「闘わなければ社会は壊れる」という本を出しておきながら、女性が活動しにくい社会を変える気はないし、そのために動く気なんてないどころか度々邪魔してくる。女性への攻撃に便乗し、無理解な発言を繰り返して女性が活動しにくい状況づくりに加担