発注者側の責任者が「不当な取引制限」の共犯に問われた下水道事業団談合事件
過去に、発注者側の担当者が「不当な取引制限」の共同正犯に問われた例として、1994年の下水道事業団談合事件がある。下水道事業団は、当時、国と地方公共団体が共同出資する公共法人であり、同事業団が発注するポンプや発電機などの下水道処理施設の電気設備に関する公共入札をめぐる談合事件だった。
この事件は、私が、1990年から93年まで公取委審査部出向検事として勤務した後、東京地検に勤務していた頃の事件だった。
埼玉土曜会談合事件での告発断念の影響や、中村喜四郎衆院議員が同談合事件の告発見送りを公取委委員長に働きかけたとして、あっせん収賄事件で逮捕・起訴されたゼネコン汚職事件で、公取委への信頼が失われていた。その後初めて公取委が調査の対象とした重電業界の談合事件を、信頼回復のために何とか告発にこぎつけたいと、当時の小粥正巳公取委委員長から私に要請があり、刑事事件としての構成等について公取委審査官側に非公式の助言をするなどして独禁法違反での告発につなげたものだ。
受注者側の重電メーカーの営業担当者が、施設の企画・設計の段階で発注官庁側に様々な協力を行い、その結果、発注者側から特定のメーカーに受注させたいとの意向が何らかの手段で伝えられ、その意向にしたがって業界内で受注予定者を決めて、談合によってその業者が受注するという「発注者意向中心型の談合」が恒常的に行われていた。
その後、各社が、「シェア枠」を決め、年間の受注額がその枠内に収まるようにする「ドラフト会議」という方法に変更され、過去の実績等を参考にして、年間の各社の受注の「シェア枠」をあらかじめ定め、それが守られるように、1年に1回ドラフト会議を開いて、各社がシェア枠の範囲内で受注希望物件を指名して、年間の割り付けを決めるようになった。その事実を、独禁法の「不当な取引制限」の犯罪と構成し、公取委が告発した。
その前は、下水道事業団の担当者から、発注者の「意向」が個別に業者に伝えられ、それがその意向に沿うように、業界調整担当者の間で談合が行われていたのが、1年分の発注予定物件の受注予定者を年に1回の「ドラフト会議」で決めるということになると、業界側がドラフト会議に先立って、年間の発注予定の物件名と大まかな発注金額を把握しないと会議が成立しない。そのためには発注者の下水道事業団側の協力が不可欠となる。
受注調整の方法をこのような方式に変更することについて、業界側の代表者が当時の下水道事業団側の担当幹部に説明して了承を得、その後、毎年開かれる「ドラフト会議」の前に、下水道事業団側から業界の代表者に、その年度の発注予定の物件名と発注予定金額についての情報が提供されるようになった。
この事件では、重電メーカー9社の業界調整担当者、営業担当者と法人に加えて、発注者の下水道事業団の工事部次長も、不当な取引制限の共同正犯として起訴された。
この談合事件は、公共発注であり、競争によらない発注を行う余地はない。下水道事業団の発注に関して、かねてから行われた「発注者意向中心の談合」が、シェア枠を設定する「ドラフト会議」方式に変更され、それに伴って、発注者側の責任者の工事部次長などが具体的に協力を行ったというものだった。
法的に義務付けられている「公の入札」での競争を丸ごと回避する談合システムに、発注者側も組み込まれ、談合に不可欠な情報提供を行っていたという事案であり、発注者の事業団側の責任者が不当な取引制限の共同正犯として刑事責任を追及されるのも当然の事案だった。
その後、公共入札をめぐる談合に発注者側が関与することを防止することを目的として官製談合防止法が2003年に施行され、2006年の改正によって罰則が追加された。1994年に下水道事業団の談合事件で事業団幹部が不当な取引制限で起訴された当時は、官製談合防止法が制定される前であり、入札談合への発注者の関与を処罰の対象にするには、不当な取引制限の共犯に問うしかなかった。
官製談合防止法が施行された後は、発注者側の談合への関与は、同法違反に問われるようになった。同法の適用対象とならない民間発注での談合事件で、発注者側が独禁法違反に問われた例はない。
少なくとも公共発注であった下水道事業団の談合事件での発注者側の関与と、東京五輪テスト大会の企画立案業務での発注者側である組織委の対応とは、性格が大きく異なるものであったことは間違いない。
組織委大会運営局の元次長の行為は「不当な取引制限」の共犯となるのか組織委の発注が官製談合防止法の適用対象ではないとすると、刑法上、「公の入札」にも該当しない可能性が高く、民間発注として捉えることになる。
その場合、上記日経記事が報じているように、大会運営局の元次長が入札参加企業に対し、メールなどで応札の可否や電通との調整を指示していたとしても、組織委が「形式上の入札は実施するが、実質的には随意契約による発注」を意図していた可能性がある。
この場合、組織委において、テスト大会の企画立案業務の発注先を入札による競争によって決定することについて、内部規則で定められていたとか、理事会などの意思決定機関によって決定されていた、ということであれば、その方針に反して、元次長が、特定の事業者が落札者となるよう、入札参加企業に調整を指示する行為は、組織委の方針だった「入札における競争」を制限するものとなる。この場合は、「不当な取引制限」が成立する余地がある。
組織委については、会計処理規程で、契約方法として、「競争入札、複数見積契約、プロポーザル方式契約、特別契約」の4つが規定されており、金額や発注の性格によって選択することとされているが、「原則として事務総長が締結する」「入札参加者については、あらかじめその業務内容及び財務内容等調査の上、事務総長の承認を得るものとする」とされており、基本的に、契約の権限が事務総長に帰属していることは明らかだ。
前記の下水道事業団の公共入札の場合のように、入札による競争が法律上義務付けられ、実際に入札が定着していたのとは異なり、東京五輪のために臨時的に作られた組織で、競争入札が定着しているわけでもなかったのだから、契約方式や入札参加者の選定については事実上事務総長の裁量に委ねられていたと考えられる。テスト大会の企画立案業務について、事務総長がどのような意向であり、それがどの程度、客観的に示されていたのかがポイントとなる。
上記日経記事が報じているような大会運営局の元次長の行為についても、それが、権限を有する事務総長の意思に反するものであったことが客観的に明らかであれば、元次長の行為を、「組織の方針に反して競争制限に加担するもの」と見ることもできる。
しかし、事務総長の意思が明確ではなく、元次長に事実上委ねられていたという場合は、元次長によって契約の方法が事実上決められたにすぎないことになる。上記のような元次長の対応からすると、組織委が、このテスト大会の企画立案業務の発注に関して、入札での競争によって受注者を決定する方針であったこと自体にも疑問が生じる。
検察としては、まさにキーマンと言える組織委の事務総長であった武藤敏郎氏から聴取を重ねているはずだ。
このテスト大会の企画立案業務の発注について、26会場の入札を総合評価で実施するに当たって、「入札参加者についての事務総長の承認」が規定どおり行われていたのであれば、大半の入札が一社応札になる見通しであったことについて、武藤氏に認識がなかったとは考えにくい。また、元次長が武藤氏の方針や意向に反して、メールなどで応札の可否や電通との調整を指示していたのだとすると、今のところその見返りがあったとも報じられておらず、その動機が考えにくい。
このように考えると、テスト大会の企画立案業務についての入札談合を「不当な取引制限」ととらえることも、元次長の行為をその共犯とすることも、かなりハードルが高いように思われる。
もし、組織委として、テスト大会の企画立案業務の発注においては「入札による競争」を徹底させる方針であったと元事務総長の武藤氏が供述し、相応の信用性が認められる場合には、「競争制限」の事案として独禁法違反を適用する枠組みは一応整うことになる。
しかし、その場合も、【GNK検討レポート】でも詳述しているように(「3.(2)C不当な取引制限規制違反についての問題点、論点」10頁)、テスト大会の企画立案業務の入札全体についての受注業者間の「合意」が認定できるのかという「不当な取引制限」の行為要件の問題もある。むしろ、電通が組織委を通じて支配したという「支配型私的独占」ととらえた方が立証上の問題が少ないようにも思える(「3.(2)D支配型私的独占規制違反のシナリオ」12頁)。
もっとも、「私的独占」は、不当な取引制限と同様に、最も悪質・重大な独禁法違反行為ではあるものの、公取委での摘発例自体が少なく、これまで、告発の対象とされた事例はない。そこには、「支配行為を刑事事件の実行行為として特定することが困難」という問題もあり、支配型私的独占の場合は、公取委の行政処分としての課徴金納付命令だけにとどめることにならざるを得ない可能性もある。
東京五輪談合を「深追い」するべきか今回の東京五輪談合事件が最初に報じられた時には、検察が、東京五輪汚職事件の摘発をさらに東京五輪に関連する発注をめぐる競争制限という構造的な問題にまで拡大させ、「電通支配による東京五輪の闇」に迫ろうとしているものと受け止め、私なりに期待していた。GNKチームでも、報道等で把握できる範囲の事実関係を前提に、可能な限りの実務的、法的検討を続けてきた。
しかし、現時点までに報道等で明らかになっていることを前提にすると、この入札談合事件は、独禁法違反としての構成には相当問題があると言わざるを得ない。
検察にとっては、東京五輪汚職事件で摘発されたADK側が「談合供述」を行ってリニエンシー申告をしたことに乗っかって、公取委を巻き込んでの合同捜査に持ち込んだのが若干拙速で、独禁法違反や他の犯罪の成否についての検討が不十分だったように思われる。
2005年の独禁法改正でリニエンシー制度が導入され、公取委の実務に定着しているが、公取委は、当初申告の段階では申告者の供述のみで違反の成否を判断せざるを得ない、という制度上の問題点がある。
また、同改正で公取委に国税と同様の刑事処罰を目的とする反則調査権限が導入されて以降は、それまで、公取委には行政調査権しかなく、告発は、検察捜査の端緒に過ぎなかったのとは異なり、独禁法違反の捜査が検察主導で行われた場合、公取委は、公訴権を有する検察の判断に追従せざるを得ず、告発の時点で独禁法違反の成否についての判断を慎重に行うことが困難になった。
このことは、リニア談合事件の例からも明らかであり(【「リニア談合」告発、検察の“下僕”になった公取委】、事件の問題点については、日経Bizgate【「リニア談合」の本質と独禁法コンプライアンス】)、独禁法違反の制裁には、いくつかの制度上の問題がある。
「公の入札」に該当しないということで、この東京五輪談合事件は、当初、官製談合防止法の「歩留まり」を想定していたのとは異なり、非常に「筋の悪い事件」にならざるを得ないことは、既に述べたとおりだ。
上記日経記事では、電通側は、「談合を認めている」とされているが、何を前提に「認めている」のかも不明だ。本件の場合、問題は法律上の独禁法違反の犯罪の成否に疑問があり、供述内容が重要なのは、むしろ、発注者の組織委の側だ。
電通と、リニエンシーを行ったADK以外の、多数の入札参加者が争う姿勢を見せていることもあり、本件で独禁法違反での摘発を強行した場合、捜査・公判の展開は見通せない面がある。
東京五輪汚職事件で戦線を拡大してきた検察にとって、この五輪談合事件での深追いは禁物のように思える。検察は、この困難な局面で、どう対応するのだろうか。