「公の入札」と「独禁法違反としての談合」
当初、我々GNKチームは、組織委には「みなし公務員規定」があることから、刑法上の入札妨害罪にいう「公の入札」に該当する可能性が高く、一部報道では官製談合防止法違反の疑いを指摘していたこともあり、官製談合防止法違反の適用対象にもなる、という前提で検討を行っていた。
同法8条違反の主体である「職員」とは、「国若しくは地方公共団体の職員又は特定法人の役員若しくは職員」(2条5項)を指し、「特定法人」には「国又は地方公共団体が資本金の二分の一以上を出資している法人」が含まれる(2条2項1号)。組織委は東京都がその2分の1を出資しているとのことなので、そうであれば官製談合防止法違反でいう「特定法人」となり同法の射程となると考えていたのである。
しかし、その後得た情報によると、組織委には、東京都が2分の1を拠出しているが、「拠出」と「出資」とは異なるものなので、本件は同法の適用はないことを前提に、検察及び公正取引委員会は、本件を独占禁止法違反の罪としてだけ捉えているようだ。
当初のGNK検討レポートでは、
組織委が競争入札を実施しておきながらその役職員が競争に反する一連の調整に関与していたのであれば、同法を適用することには障壁はない。また一連の調整行為に電通が関与し、組織委の同法違反に協力、あるいは主導していたのであれば、電通側には官製談合防止法違反罪の共犯が成立する。実は、この法的処理が最も争われることのない筋道、弁護側にとっては絶望的な構成となる。
と述べていたものであり、検察の捜査・処分にとって、この点は、最大の「歩留まり」になると思っていた、その官製談合防止法の罰則が適用されないとなると、発注者である組織委側の行為に対しては同法違反の罰則が適用できないことになり、そしてその共犯になりうる電通側に対しても、本件は「歩留まりのない事件」になる。
影響はそれだけにとどまらない。組織委職員に官製談合防止法が適用されないということは、単に同法違反の罰則が適用されないというだけではなく、そもそも、本件入札談合について独禁法違反が成立するのか否かの判断にも大きな影響を与えることになる。
入札談合への独禁法の適用独占禁止法の適用については、契約主体の官民は問わない。そこに「一定の取引分野」があり、競争が存在し、或いは、競争の余地があるのであれば、独禁法違反としての「競争制限」は行い得るのであり、民間発注においても、受注する事業者側の競争制限行為について「不当な取引制限」等の独禁法違反の犯罪が成立することはあり得る。
しかし、一般的に言えば、「入札談合」に関しては、国、地方自治体、又は、それらが出資している法人等が発注する物件についての「公の入札」(官製談合防止法の適用対象とほぼ重なる)の場合と、民間発注の場合とでは、その意味合いは大きく異なる。
「公の入札」は、公費による発注であり、納税者の負担を軽減すべく、可能な限り安価で発注することが求められ、受注希望者間の公平性も要求される。そのため、会計法、地方自治法等で、「最低価格自動落札方式」(最も低い価格で入札した者が落札者となる方法)、「総合評価方式」(価格と、品質・価値の両面から評価して落札者を決める方法)等によって、事業者間の競争で受注者を決定することとされている。
「競争」によらないで特定の業者と契約する「随意契約」を行うためには、それによらざるを得ない、或いは、それによる方が、発注者にとって有利だという「随契理由」の存在が必要となる。
このように、原則として入札による発注が法律上義務付けられるのが公共発注であり、そこでは、「入札による競争」で受注者を決めるべきであるということが、発注者にも受注者側にも認識されているので、受注業者間で談合を行うことは、当然行うべき「競争」を行わないという面で、原則として、独禁法違反としての「競争制限」の実質を備えることになる。
それが、「事業活動の相互拘束」「一定の取引分野における競争の実質的制限」という要件を充足すれば、「不当な取引制限」に該当することになる。
一方、「公の入札」に該当しない民間発注の場合、どのような方式で発注するかは、発注者が自由に選択できる。競争性を重視し、入札を行って、受注を希望する業者間で競争を行わせることも可能だが、発注物件の商品、サービスの性格上、入札による競争という方法より、発注者と受注者との交渉によって、どこに受注させるかやどのような条件で契約するかを決定していく方が有利と判断する場合もある。どのような発注方式を採用するかは、民間発注者は自由に選択できる。
もっとも、民間発注であっても、その発注者側の内部規則で競争入札によることが定められている場合などは、発注の担当者は入札による競争で発注することが内部的に義務付けられていることになり、「入札による競争」での発注が前提とされることになる。
発注者が入札によって受注者を決定することを明示しているのに、入札での競争を回避しようとして受注業者側が談合を行ったとすれば、「競争制限行為」となり、一定の要件を充たせば、独禁法違反に問い得る。その場合、仮に、発注者側の担当者が談合に協力したとすれば、そのような違法な「競争制限」に発注者側として関与した行為について、不当な取引制限の共犯が成立する可能性もある。
しかし、上記のとおり、民間であれば、どのような方式で発注するかは自由に選択できるので、発注側の意思決定者が、「競争によらない発注」を行う意思なのであれば、入札による競争は前提とされない。
したがって、民間の発注者側が、何らかの事情で「形式上の入札」を実施するが、実際には特定の事業者との契約を希望し、その旨、受注事業者側も認識していた場合、「形式上の入札」において特定の事業者が落札することに他の事業者が協力したという外形的事実があったとしても、発注者側の意向によって「競争による発注」が否定されている以上、「競争を制限した」とは言えず、「不当な取引制限」等の独禁法違反は成立しない。「形式上の入札」を行ったことの欺瞞性について、発注者である民間企業にステークホルダーに対する説明責任が生じるだけだ。
民間発注で「入札談合」に発注者側が関与した事実があったとしても、法律上競争が前提とされる公共入札のように違法性が明白とは言えないし、むしろ、発注者の組織としての方針が、本当に入札による競争を求めていたのか、実際には求めてはいなかったのではないかという疑問を生じさせることになる。この場合は、そもそも競争を前提とする入札だったのか、そして、それを談合で競争を制限したといえるのかどうか、慎重に見極めることが必要だ。