オーストリア国営放送の記者が、「ウィーンとキエフの間は427キロしか離れていません。ウィーンにとってキエフはフォアアールベルク州よりも近いです」と述べていた。チェルノブイリ原子力発電所事故(1986年4月)の時もそうだったが、ウクライナで起きた出来事はオーストリアにも直ぐに影響が出てくる。ウィーン大学には多くのウクライナ人学生が留学している。ロシア軍のウクライナ侵攻は他人事ではないのだ。
当方はドイツのニュース専門放送でウクライナの情勢をフォローした。ロシア軍が24日早朝に侵攻し、ミサイルを発射するなど本格的な軍事行動を開始。砲声で目を覚ましたというウクライナ人は、「ロシアが侵攻するとは言われていたが、戦争が実際起きるとは考えていなかったのでショックを受けた」という。ゼレンスキー大統領は国民に武器をもって祖国を守ってほしいとアピールしている。
キエフ市周辺では西側に逃げるため道路は車の長い列が出来、銀行の現金引き出し機前では市民が長い列を作った。中年の女性は、「どこに逃げればいいのか分からない」と泣き声で路上をさまよっていた。その間もキエフ近郊でロシア軍の砲声が聞こえ、市内は警報が鳴る。地下鉄の駅構内に逃げ込む市民で溢れている。
オーストリアのネハンマー首相は24日、国民議会でウクライナ情勢を報告した。同首相が、「今朝、ゼレンスキー大統領と電話で話した。彼はウクライナがいつまで存続するかわからない、私自身も明日生きているかどうかも分からないと述べていた」と語ると、議員たちの表情に緊迫感が走った。
欧州各地で在欧のウクライナ人がロシア軍の武力侵攻に抗議するデモを行った。「ウクライナの主権蹂躙」、「プーチンを許すな」と言ったプラカードを掲げていた。オーストリア国営放送は「困窮下にあるウクライナ国民を救え」ということで救援金集めのキャンペーンをスタートした。その対応の迅速さには感動した。多くの欧州国はウクライナからの避難民の受け入れを表明している。
参考までに、モスクワでもプーチン大統領のウクライナ侵攻を批判するデモが行われたが、警察隊は参加者を即拘束するなど、強制的にデモを解散させた。